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Channel: 週刊俳句 Haiku Weekly
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2015角川俳句賞落選展 13 きしゆみこ「まつはる色」テキスト

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13. きしゆみこ 「まつはる色」

墨色の春の袷にミシンの目
けふよりはびつこの黒き恋の猫
しらうをの網逃れをる光へと
春灯に包まれてゆく手暗がり
さやさやと雪解の音に近くゐて
初鳴は枝に促され枝を動く
ねこの字の習字一枚雛飾る
草の芽のそれは野のもの神のもの
明るさを作る手入れや鳥雲に
門前に春の花の荷届きたる
明日咲く明日散る明日の桜
薯莪の花樹下に久しく日を透かし
麦刈られ空まで続く轍かな
舟の池睡蓮の池モネの池
門番の薄紫の午睡とも
遠目にも広場が見えて鐘涼し
朝蔭りパンを買ひたる避暑の村
街の灯の中を明るき涼み船
甲板にさくらの色のビール酌む
幾筋も海月の途次のあるらしく
囲まれし黄色の広場夏木立
藍色の莨盆あり祭来る
縁側の麦藁帽子鳶の家
爪を噛むプール上がりの少女の眼
夕立に慌てず街に大通り
踊子の悲しくなってゆく姿
星月夜ただ一行で泣いてゐる
白萩を生籬と据ゑ住み古りぬ
川波の高くありぬる鯊は海
秋天や建造物は小さき像
子の描く彼岸花みなくもりなし
月を待つたうに幽けき水鏡
馬の背の高さに跳べる螇蚸どち
窓を拭く小鳥来る日の近づきぬ
船室に灯火親しむだけの指
濡れてをる置屋の構へ忘れ花
流るるといはず揺れをる冬の川
聖樹の灯ボーイソプラノが揺らす
お蕎麦屋の盆に売られし年賀状
蜘蛛が囲を張るやうに池凍りたる
借景の冬のポプラはなほ高く
命日の料理平たく寒卵
大試験新聞小説始まりぬ
冬の雨ぬくしといへば川の凪ぐ
料峭や古道具屋の棚卸
燈明の揺れ初めたりしなごり雪
しやぼん玉ゆきたるあたり魚溜
乗換の橋桁長くおぼろ月
苔の間のなづなに雨のうちふるへ
一面となれば果なる花筏






きしゆみこ
「屋根」「クンツァイト」所属。

2015角川俳句賞落選展 12 加藤御影「蛇苺」テキスト

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12. 加藤御影 「蛇苺」

春日や地に重力といふ優しさ
手になにも持たずに歩くあたたかし
陰雪や窓の向かうで口うごく
ほの暗く昨日がありぬ木の芽風
影響を怖れつ読めり春の宵
街路樹を伐りぽつかりと朧なる
揺れやすき枝に心寄る桜かな
花満てる空へ花韮ひらきくる
おのが葉の蔭に苺の花咲けり
シクラメン咲いてはなびらふれあへる
春心や指に吸ひつく水の面
蝌蚪すくひ他愛なき口見えにけり
つばくらの軌道しばらく空にあり
目薬の蓄ふ春のひかりかな
夏蝶の翅よりの風目見に受く
考ふることの快楽や桐の花
電柱のかすかな撓ひ夏の月
きのふけふきのふあめんぼの水輪
万緑や小鳥の屍つかみ出す
正視せる向日葵ふつと見失ふ
蛇苺摘まれて蔕に紅残る
空蝉のそびら内へと捲れをり
喉に入る餌の透き見ゆる金魚かな
何の花露台の母が枯らしゐる
冷房やビデオゲームに死瞬く
穴なべて空に繋がる百日紅
風鈴の短冊とせし枝折かな
白桃の手ざはり肱にまで伝ふ
撫子の蘂渦まいて花の奥
画の外の消失点や昼の月
当籤のやうに白鶺鴒降り来
陥穽の如く暇あり木の実雨
瞑目の闇に奥ある十三夜
瀝青の目に粉々の黄葉かな
森覗くやうに林檎の緋を覗く
栗を喰ふ一瞬栗の形の唇
遣ふ当てなき方眼紙秋の暮
倒れたる空壜の先虫の闇
寒林や包帯解けて地に垂るる
思ふより深く視線が枯藪に
山茶花の塵へ全き蘂降りぬ
しぐるるや切絵のむすめ白眼無き
指にある爪は肉色寒の雨
寒苺累々と乳を垂れあへり
寒卵喉押しのけつつ通る
頭蓋骨一杯に沢庵の音
あかあかとてのひら舞へり雪兎
街じゆうの影濡れてをり雪達磨
湯呑置くちからの加減日脚伸ぶ
思はねば我消えぬべし冬金魚



加藤御影 かとう・みかげ 
無所属

2015角川俳句賞落選展 11 加藤絵里子「ものの芽」テキスト

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11. 加藤絵里子 「ものの芽」

春めいて靴紐はらりとほどけそう
麗らかなオルガンの中みちなりに
春雲をつかんでみたくて平泳ぎ
傷口にかるい足取り月朧
水温む銀河系とは素数かな
足踏みや菜の花畑に溶け込んで
春風はモルヒネのように夜行列車
春浅し朗読用に椅子ひとつ
擦り切れた背表紙ならび雨水かな
アンダンテ擦りガラス越しにヒヤシンス
ふらここのエメラルド色の空回り
ものの芽や白色の画廊駆け抜けて
春を読みさして海までささくれる
余寒かな餡パンには触れられず
春寒やカラメルソースを一垂らし
春昼の斜め横断にてすれ違う
桜蕊散る都心部の車輪たち
卯の花腐し細切れの弾力
宙吊りの摩天楼にて春の雨
ふれはばの軸の広がりゆく晩春
晩春の甘皮むいて砂の中
初夏よスタッカートの連綿と
夕凪に背骨の生える心地して
造形はどれも似ていて木下闇
夏の虹セピア色を探り当て
夏草の見えない影に踏まれをり
白南風や出口の見えない海の中
織り込んで鏡写しの若葉風
空想はスクリーンを泳ぎ青嵐
四分音符てんとう虫を掬い上げ
梅干しの苦手な人の背中かな
つま先へ広場駆け抜け夏立ちぬ
夏雲や吹きさらしの鍵盤と
新樹光台形の余裕ゆるやかに
月光の固まるまへの膨らみよ
新月や切れ味試す多面体
きつつきや詩は詩のままで積み上がる
みみずくの母語をあやしている途中
いつやらの風 不意にぼくと冬木立
風花に問われてみれば椅子に居て
波は波へささやいていて寒林は
冬日向反射神経なめらかに
冬麗に象形文字の割り出され
外套を羽織って橋の途中まで
青葉ずく白線の内側に人だかり
青葉ずく下町の和音ききつけて
浮寝鳥名曲ジャズを口ずさみ
関節に冬日をこぼしカルテット
星瞬く自分の靴をはいてをり
夕暮れに染められているサキソフォン






加藤絵里子 かとう・えりこ

「山河」俳句会にて俳句を始め、今年で7年半に。ふだんは都内の大学院にて日本近代史を研究。

2015角川俳句賞落選展 11 加藤絵里子 12 加藤御影 13 きしゆみこ 14 仮屋賢一 15 北川美美

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11 加藤絵里子 「ものの芽」



12 加藤御影 「蛇苺」



13 きしゆみこ 「まつはる色」


 14 仮屋賢一 「鷲掴む」



15 北川美美 「梅日和」






11 加藤絵里子 「ものの芽」 ≫テキスト
12 加藤御影 「蛇苺」 ≫テキスト
13 きしゆみこ 「まつはる色」 ≫テキスト
14 仮屋賢一 「鷲掴む」 ≫テキスト
15 北川美美 「梅日和」 ≫テキスト


2015角川俳句賞落選展 10 葛城蓮士「終末論」テキスト

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10. 葛城蓮士 「終末論」

浮浪者の木下闇でうたう唄
鬼の子ののろまを笑う蛇の舌
産声の悲喜定まらぬ虎が雨
ほとんどが嘘の噂や花茨
夕凪や墓標は水の枯れている
サングラス煙草手向ける花の白
向日葵のおわりは陽から目を逸らす
風は死ぬピアノ叩かぬ指も触れ
弟と氷菓貫く棒を噛む
蝌蚪集くみずに万の溶けた色
描かれて熱砂に波は届かない
泡纏うテトラポットや夏の果
夕焼けてセーラー服の背で組む手
流星を追って地平に足の跡
蜩よよもや夕陽に触れるまい
いきものの皆毒を持つ二百十日
野晒に囮小さく羽搏けり
息すれば身に入む人の肌の熱
スナックの名前光らぬ無月かな
台風の目にいて影のうえにいて
空淡き夜長宴のための皿
サイレンの途切れて静か穴惑い
終わらない残暑プログラムコード書く
冬支度結び目だった布の色
廃工場崩して月の若返る
怪物の林檎齧ったあとに蜜
雪女郎スワンソングを終えて白
ビッククランチのはじまりといふ夜咄
空の果失せて恐ろし神無月
路地裏の八百屋の留守や冬ひでり
寒卵皿のすみへと逃げており
大晦日アバター歓ぶディスプレイ
狂花咲くあの人の誕生日
雪折の雪に溺れてゆくごとし
水洟をすする眼の鋭さよ
懐手して旧友に会わぬよう
足元の崩れる夢や冬おわる
春を待つ枕に頭蓋うずめ待つ
光芒や陣形揃いだす帰雁
陽炎や歩いてもなお遠からず
錆生えた有刺鉄線雪の果
石鹸玉呼吸の音をくもらせて
小説のあとがき読まず春愁
末黒野や爺の産声ごとき声
寄居虫の寝床誰かの死んだ床
豚の餌ごとき錠剤カルナヴァル
蘖やあと千年は名無し草
狂乱の予言も外れ青き踏む
霾天や終末論者立ちつくす
万愚節空に裂け目のような雲



■葛城蓮士 かつらぎ・れんじ
立教大学社会学部3年、所属なし。WHAT Vol.3 B「みなみのうお座」。Twitterにてゲリラ句会(@gerira_kukai)を運営。
 

2015角川俳句賞落選展 9 奥村 明「ZARAにあるLOVE,ないLOVE. 」テキスト

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9. 奥村 明 「ZARAにあるLOVE,ないLOVE. 」

水のなき初夏のプールの中歩く
五月病よく陽の当たる壁の花
ラジオ美人局白夜の周波数
梅雨に入り貨物列車は抜け出せず
まだ大丈夫だってまだ半夏雨
七月のレンズ光線跳ね回る
夏暁へアクセルを踏む湾岸道
流行の水着に似合ふ彼氏欲し
無駄毛処理ぴりりと痛き夏休み
CMの熱砂「アネッサ」資生堂
明易し歯ブラシ買ひにコンビニへ
朝涼のパンを焦がせし蝉の声
夏の夜のクラブの隅の二人かな
灼けし国道ビーサンのまま帰る
炎昼のブランコ軋む住宅街
首周り伸びしHanes熱帯夜
客退けてラーメン鉢並ぶ 晩夏
無人駅下りて私の夏の果
制服にアイロンを掛け夏惜しむ
残暑にてデート中止♡の報せあり
ランボルギーニ流星を追ひ掛けて
一頁ごとに秋めく写真集
献血は恋占のため九月かな
朝霧の情事の畔マンハッタン
葡萄桃梨クリストの梱包で
昼飲みの通天閣の秋高し
カンナからカンナへ父の手をひく
月光を冷凍保存Ziploc
秋の声ならさびしさを歌ふだけ
秋澄むを知悉しダイヤ鑑定士
秋霖や別れ話で駐車中
肌寒の腕やZARAのワンピース
パリコレの機械仕掛の案山子かな
秋風や骨よく動く競走馬
鳥になるテロ総身に赤い羽根
分校のアメフトごっこ紅葉っ娘
全国のテニスコートに黄落を
深秋の令嬢となる読書かな
のぼる鮭死して川沿ひ通学路
行く秋やぷかりぽっかり煙草雲
冬近し道路横切る鹿の王
 ※参照:2015年本屋大賞第1位作品『鹿の王』の表題を引用。
冬が来る北極のアザラシのせゐ
あの人がいない小春日の通勤電車
また嘘をつくリアシートにはポインセチア
神様と二人炬燵のクリスマス
目を閉ぢて深き冬眠ご一緒に
日常を鯨のやうに持て余す
さよならはLEDの青に降る雪
それぞれに回りつづけるスケート場
バレンタイン雪の魔法のとける頃



奥村明 おくむら・あきら
兵庫県。俳句、短歌、キャッチフレーズなどONE LINE POEMを創作。銀化所属。

2015角川俳句賞落選展 8 岡田幸彦「虚も実も」テキスト

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8. 岡田幸彦 「虚も実も」

母だけの現実にひとり青き踏む
吾の手にすがれる母や野に遊ぶ
極楽の入り口のあり春炬燵
繰り言に繰り言かへす春炬燵
英霊の集へる宴や花明り
祀られぬ霊になりたし花の塵
御仏に口紅をひく朧かな
虚も実も朧や母の軌跡なる
初燕ぐんと音して子は伸びる
できること指折る老母燕来る
龍天に春雨は地に音もなく
黒鯉に濃淡のあり春の雨
亀鳴きて夕鶴のごと妻来る
亀鳴かぬのに驚きぬあゝ悔し
吾母を食ふてかなしき苺かな
子なき姉苺食ひをり母の日に
幽霊がゐる紫陽花の雨に濡れ
デジャヴ否吾があぢさゐだつたのだ
記憶食ふ獏が昼寝の母の許
異界より呼ぶ暁のほとゝぎす
蝉殻の百年見つけられずゐる
七年の物語七日目の蝉
地下壕で絵描きする子ら夏の雲
落書の子を叱らずに雷を聞く
日の丸の撃ちし屍異国の蠅
玩具の銃も使途知る蠅が舐める
大き桃流れて来り拾はむか
孫見たしと今さら母よ桃苦し
子どもらの語彙も豊かに星祭
七夕や単語で話す子どもたち
老父母が淡くなりゆく花野かな
老父はや帰り支度の秋の旅
月光や美しくする呪詛もあり
名前とは愛の呪詛とや望の月
殺生をせぬ蟷螂の糧の露
眼に露が光る蟷螂虫を食む
原発が一家に一基水の秋
原発を核といはずに火の恋し
聖夜なり記憶確かな以前の母
厨には嫁げる姉が立つ聖夜
凍て蝶の住処となりて廃炉かな
原子炉が目覚めし町や冬の蝶
寒卵夢物語を生きてゐる
魂はことばを持たず寒卵
整然と響く靴音日記買ふ
初日記国あやふしと書き無力
初夢に愛国を説く吾憎し
書初や真白な子をあづかりぬ
戦争の歴史なき星冬銀河
武器捨てよ聴け寒昴視よ静寂





■岡田幸彦 おかだ・ゆきひこ
1965年生まれ 所属結社なし 和歌山県在住。

2015角川俳句賞落選展 7 大塚 凱「鳥を描く」テキスト

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 7. 大塚 凱 「鳥を描く」

太陽はもはや熟れごろ初詣
冬晴の赤い実があり怪しい実
冬帽のてつぺんどうしても余る
タクシーの問はず語りもしぐれをり
母が拭く成人の日の鏡かな
新宿は轍残さず寒夕焼
その中のまだ臘梅に届かぬ子
残雪の厚みの辞書を父より享く
寝返れば枕つめたき初音かな
受験子が駅のおほきな風に立つ
七曜のはじめの雨を草青む
いもうとをのどかな水瓶と思ふ
春服を褒めねばならぬほどの黙
鳥一羽容れず全きさくらかな
かげろへる動物園へ象嫁ぐ
パンジーも選挙事務所も消えてゐる
火にひらく貝のふしぎを春の暮
頭痛薬きらせば落花とめどなし
若葉から鳥が生まれてきて白い
母の日の父と来てゐる楡のかげ
不平等なからだと紺の水着かな
飛込の音が吸はれて樹のみどり
カーラジオ止めて夏野にしづかな愛
何の木と知らねど夕焼に似合ふ
まくなぎはさびしき人をよすがとす
冷蔵庫ひらき渚に立つこころ
水呑んで丑三つの蚊を赦すまじ
眼は次の草を見てゐて草むしり
蟻の巣を肺の昏さと思ひけり
ナイターの勝ち歌遠くコップ捨つ
星涼し飢ゑかすかなる夜行バス
日輪は雲をこぼれて稲の花
水に影おとさぬ高さ鬼やんま
骨しやぶつて二百十日の指ひかる
野分あと空の深さを怖れけり
割箸にくれなゐ残る子規忌かな
鶏頭の襞の深きを蟻が這ふ
空腹の夜は金木犀に病む
赤い羽根いつしか失せて街は雨
折紙の金照り返す夜長の頰
朝寒や車輪に鉄路磨かれて
風邪の子が曇る硝子に鳥を描く
おでん屋のテレビの中を兵歩む
塩胡椒ほどのしあはせポインセチア
とある灯に犬売れ残る聖夜かな
小雨ならコートに光る逢ひにゆかう
凍蝶の呼吸が耳鳴りに変はる
古暦つまり風葬ではないか
しんしんと大つごもりの油濾す
夢の島除夜のおほきな闇が来る







■大塚 凱 おおつか・がい
1995年生まれ。「群青」同人。第七回石田波郷俳句大会新人賞受賞。

2015角川俳句賞落選展 6 上田信治 「塀に載る」テキスト

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6. 上田信治「塀に載る」

さんらんと冬雲のあり午後の塀
神の留守たて掛けてある濡れた板
バス冬日明るきうしろあたまかな
寒晴のかばんの蓋の磁石鳴る
水仙花空家の芝のまんなかに
お団子は串に粘つて道に雪
ゐのししの脂身よぢれ星無き夜
公園を見おろす家の干蒲団
自動車はシンメトリーで冬の海
ひばりの空のびる手足のつめたさよ
日のひらめく海の若布を食べにけり
二月の雨ピンクのジャージ着て女は
夜の梅テレビのついてゐるらしく
ポケットに手をふくらます朧かな
可愛くない子供で春の夕焼で
空はいつもの白い空から花の雨
さくらさくら顎にマスクをかけ男は
目の隅まで桜を入れてガムを嚙む
白きもの食べれば独活や雨の香の
夏鴉まうへに跳んで塀に載る
一人は立ち一人はしやがみ梅雨の浜
著莪の花つめたいペットボトルかな
天ぷらのころもとろとろと溶く薄暑
まくなぎや日の沈みても川のある
食べをへて雨聴いてゐる網戸かな
虹の出る町に一人で住んでゐる
わが立てば茄子の畑にわるい風
牛乳と煙草でなほす夏の風邪
ねぢ花を見てゐる顔や空の雲
炎昼に半月がありずつとある
雨の祭の金魚のやうなこどもたち
電池二つかちりと小さき天道虫
ソーダ水とほくの犬と思ふなり
夏の月甘みをさがしては舌は
紙で口拭へば午後のダリアかな
冷房や文字のごとくに紅生姜
一日の終りの風のとんぼかな
自転車の錆びたベルから秋の蝶
秋の光むかしカンナの咲いてゐて
吾亦紅ずいぶんとほくまでゆれる
団地より雲白ければ秋の空
窓をあけて秋日の壁にさはりけり
芋虫のまはりを山の日が透きつ
芋虫がふたつゐて芋虫のころ
露けしや仔羊うたふやうに啼き
鉄柵を傘に鳴らせよからすうり
ワイパー二本に軍手引つかけ雲の秋
たてものに秋の公孫樹の影はんぶん
昼月のうつろそらいろ鯔跳ねる
藤の実のぞろりと風に吹かれけり



■上田信治 うえだ・しんじ
1961年生れ。「里」「ku+」所属。共著『超新撰21』(2010)『虚子に学ぶ俳句365日』(2011)共編『俳コレ』(2012)ほか。

2015角川俳句賞落選展 6 上田信治   7 大塚 凱  8 岡田幸彦 9 奥村 明 10 葛城蓮士

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6 上田信治 「塀に載る」



7 大塚 凱  「鳥を描く」



8 岡田幸彦  「虚も実も」



9 奥村 明 「ZARAにあるLOVE,ないLOVE. 」



10 葛城蓮士  「終末論」



 


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10 葛城蓮士  「終末論」≫テキスト

2015角川俳句賞落選展 5 青山青史「死海」テキスト

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 5. 青山青史 「死海」

秋風や平家贔屓のひと抱かな
かへりゆく風に吹かれて吾亦紅
水攻めの城いづるかな水の秋
閻魔蟋蟀夢なきころは殺めけり
隣家より生きて帰りし良夜かな
新世界よりはるばると月夜茸
来し方の子らの行方や瓢の笛
幕間の幕のむかうの秋の声
血液のすさまじき型花文字に
蔦紅葉エスペラント語の達人
いつのまに蔓は縺れて火恋し
黒塗りの唇凍てよ出アフリカ
死海へのみちを鎌鼬にも馴れ
海豚抱くほかなき海の青さかな
黒薔薇を笑ひしのちの懐手
塞ぎたる北窓と仮面の指紋
天井画なる汝とわれ冬籠
あとずさる猿に後光を大旦
厄の年女礼者を恋ひにけり
鬼やらひ声あるものに瘤ありて
魚のなかの魚氷に上るあはれかな
冥王星からのひかりを涅槃絵図
男装の従妹のために春焚火
海女擲てば拳のなかの桜貝
野遊びの顛末をこそ懺悔室
永世中立を誓ひし遅日かな
戦士の休息南方系の蝶放ち
初蝶に逸れし蝶の如くあり
桶狭間生まれの桶と白魚かな
雁風呂にむかし射られし男かな
壺焼や天衣無縫のきのふあり
天をさすみぢかき指や端午の日
浜ひるかほ猿人の日は溺れけり
海亀を鳴かせてきしと巫女たちは
月面の海しづかなる鵜舟かな
青芒原をかけ抜けても鬼面
蟻登りやすき裸を哀しめり
蟻地獄踏みしだきつゝ蟻塗れ
惑星の此処に幸あり蟻の塔
炎天や縄文土器に縄を巻き
かの音は滝かの音はつくり瀧
籐椅子や特許許可局廃墟とし
虹を指さすたび喜びの世界
生身魂らしくもありし刺青かな
氷山の高きに登りゆけば鬚
小鳥来るおほきな鳥は地上絵に
豊年のてのひらの実は海彦へ
背の順に海よりいでし菊日和
妻恋し菊人形に菊を挿し
妻籠めに霧あるかぎり霧ヶ峰



■青山青史 あおやま・せいし
愛媛県松山市生まれ。無所属。

2015角川俳句賞落選展 4 青本柚紀「飛び立つ」テキスト

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4. 青本柚紀 「飛び立つ」

鳥飼つて二月の空を明るくす
蝶よりも薄く図鑑の頁あり
風船に透けて十指のふかみどり
木の芽風つよし病棟より出れば
恋猫の硬く帯電してをりぬ
たんぽぽの絮や正しき軸を持ち
鳥なくて鳥の巣に日の真直ぐなり
銅像を誰も過ぎ去り花は葉に
目を閉ぢてをれば眼の浮く五月
流れつつ夏の燕をとほす水
ひとりゐて麦茶の氷鳴りどほし
よく晴れて秩父に大きすぎる薔薇
叢に蟻の泉を掘りあてる
カルデラの深さを思ふとき夏帽
峰雲や千里の馬を繋ぎとめ
星を見る四肢は白鳥座のかたち
夜店てふ小さき牢のごときもの
紫となりて鳩発つ晩夏かな
蜩に明けて一日の晴れわたる
秋灯に雨の気配のどつと来る
墓の裏に廻れば花野そして風
みちのくの林檎しづかに尖るなり
ばらばらに熟れて葡萄でありにけり
手の冷えを重ね遠くに巴里のある
初冬のイヤホンに入る風の音
寒林に向かふを知られてはならず
水を出て鴛鴦の尾は青を得る
雪の木に雪を解かさぬ光かな
嘘よりも口は小さし水仙花
冬の川舌のごとくに夜が来る
海岸に師走の旅の眼をひらく
鳥の骨春風に満たされてゐる
四五匹のみんな恋猫みな濡れて
風船の青を別れの如く見る
絶壁に立たされてゐる雛かな
隣る木に触れて柳の風となる
未来とはつばくらの尾の残像ぞ
永き日の靴底草に水に触れ
駆け抜けて胸の高さに夏の草
あめんぼに水の逆らひつつへこむ
たとへば刃蛇這ふ音の重さとは
夏川に冷え千層の岩なりき
馬を彫る泉につけて来し両手
青嵐鳥に始まる進化学
ひらきゆく蓮を真中に抱くからだ
誰も見ぬダリアに水の真つ逆さ
機械都市抜けるにパナマ帽ひとつ
みな右利きで或る夏のオートマトン(自動機械)
よく鳴る森木に空蝉の夥き森
ふと遠いひとと白鷺と飛び立つ



■青本柚紀 あおもと・ゆずき
平成8年生。広島出身。平成24年、俳句を始める。平成27年、『里』『群青』入会。現在東京都在住。

2015角川俳句賞落選展 3 青本瑞季「鰭の匂ひ」テキスト

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 3. 青本瑞季 「鰭の匂ひ」

三月のひかりに壜の傷あらは
卒業の椅子床下にをさまりぬ
雪解川遠くの橋の昏くあり
涅槃の日鸚鵡少女の声を出す
杖の人透かし野焼の炎かな
吹かれやすくて青柳の下の水
鳴く亀のあれは中国語の高さ
藤房は垂るるものなり足もまた
蝶の昼糖にざらつく壜の口
蛍烏賊青菜に目玉こぼしをり
惜春の傘襞深く閉ぢらるる
蝶の死のひらたく風に返らざる
とねりこのそよぎに夏の兆しけり
聖五月樹は回廊に囲まるる
言葉より疾し目高の逃げゆくは
麦秋や絵に神々の憎みあふ
青嵐くらがりに螺子捨てらるる
板の穴より見ゆる遠くの茂りをり
遠く鳴く雉鳩梅雨の夜の冷えて
鰭の匂ひか南風蔵の中へ入る
夏シャツに見ゆる背骨のありどころ
水かげろふ日傘のうちを照らしけり
涼しさや龍をふちどる金ひとすぢ
炎昼のふと肉球の話かな
耳栓のうちに大暑の機械音
炎天をかりかりと蝶登りをり
空蝉のかほ金色の毛をはやす
劇場の裏の木屑や小鳥来る
人波に失ふ愛の羽根の先
秋雨や人形の糸垂れてをり
きちかうの高さを煙とほりけり
ちろちろと煮炊きの火あり柿を食ふ
十月の袋を吊るす窓辺かな
玻璃すこしみづに汚れて秋の声
藻は水の流るるかたち雁渡し
白菊に喉の渇きを思ひ出す
目薬ののち秋園の晴れてをり
舞ひ上がる羽に枯野の日が余る
枇杷の花牛乳揺らしつつ帰る
雨後の川なり水鳥を押し流す
冬蜂の死よ天井の高くあり
ひとの手に墨匂ひたり牡蠣の旬
枯るる中如雨露こぼさぬやうにゆく
水鳥のこはばりをもて目覚めけり
霙るるにきいと開ける小箱かな
棘ほどの音雪の日の蛇口より
ストーブの近く雲母の棚の冷え
毛糸玉とはもう言へぬ平たさよ
とほざかる踝のあり骨牌の座
林開けて向かひあはずに椅子がある




■青本瑞季 あおもと・みずき
1996年広島県生まれ。「里」「群青」同人。

2015角川俳句賞落選展 2 青島玄武「おしりの人」テキスト

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2. 青島玄武 「おしりの人」

神様が旅立つ二両列車にて
皹の手のかしこと結ぶ手紙かな
木枯しをくしやくしやにしてポケツトへ
冬帝に体毛といふ体毛を
初凧のすぐ青空となりにけり
男らの眼が叫ぶ玉競り
玉競りおしりの人と子に教ゆ
雑煮てふ小さき地球を頂きぬ
薄紅の袖と唇弓始め
子供らのもう飽きてゐる御慶かな
大根のその掘りたてのほかほかを
爪先を辺境と思ふ霜柱
湯豆腐の恥づかしがつてゐたりけり
太陽の歌うつとりと水仙花
あはゆきはあはきいたみをともなひて
たんぽぽと傾ぎて立てるバス停と
薄氷の裏のくすくす笑ひをる
また嘘をついてる春の月のよに
巻き髪がふわりと東風を誘へる
遠足が大阪城を占領す
風船を割れぬ程度に弾いてみる
山越えてまた菜の花となりにけり
げんげ田に飛び込む風の飛沫かな
スカートの小さくはためく春の海
花冷えやバレエ教室帰りの子
花々のひねもす喧嘩してゐたり
残花散るたびに鬣翻へる
股ぐらに酒こぼしけり啄木忌
をさな子の尻の重たしあたたかし
ぶらんこもそこそこに駈け出したり
蝶舞ふや空といふもの知らずして
それぞれの居場所を探す蝶の昼
うぐひすの山ふくいくと匂ひけり
囀りのたんまりとある煮物かな
おにぎりも子供も山も笑ひをる
夕暮れの雨後の山路や八重桜
春耕す阿蘇のわずかな一点を
躑躅たることを嬉しく歌ひをり
真つ先に鼻が飛びつく蓬餅
後ろより藤の香りがすがりつく
魚屋の死なぬ親爺と惜しむ春
お日さまがよいしよつと夏来たりけり
愛犬はお菓子の名なり白日傘
少女らの声きらきらと繍毬花
冷房に嗤われてゐる二階かな
やや水に遊ばれながら水遊び
新緑や風が鬼なる鬼ごつこ
どの薔薇もまだ脇役の格なりき
晴れ晴れと象の交める涼しさよ
夏帽子水平線に忘れけり



■青島玄武 あおしま・はるたつ
熊本県熊本県在住。『握手』の磯貝碧蹄館に師事。師の没後は無所属。『新撰21』に選ばれなかったほうの『新撰21』世代。現代俳句協会会員。

2015角川俳句賞落選展 1 青木ともじ「水のあを」テキスト

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1. 青木ともじ 「水のあを」 

スティックシュガー音たてて出る立夏かな
青葉風ベンチはひとつづつあけて
母の日の待ち針をやや深く刺し
店先の鸚鵡で遊ぶ若葉冷
風にほぐるる鹿の子の耳の先
ペンギン涼し三日月型の水槽に
花火まで届かぬ声をあげにけり
夏の月の温度に耳が濡れてゐる
繁華街の色をしてをり夜の金魚
ハンカチを返すとき手をすこし高く
特急にホームの余る雁渡し
重力のかすかにありぬ花野道
紅葉かつ散るやあの山まで故郷
花の野の果て未踏とも既踏とも
打たせ湯にちさき緩急ある白露
非常灯あをあをとして月の雨
集金の人と小鳥の話など
秋の蚊をしばし相談して打ちぬ
毬栗のよい持ち方を教はりぬ
糸車に糸なき昏さ水引草
犬ゐれば声をかけけり黄落期
冬めきて本の挿絵の蓄音器
漕ぎ出しは獣の目してスキーヤー
雪の野を光源のごと歩みけり
星空に深いところやイオマンテ
三等客室に窓ひとつなる湯ざめかな
旅の夢を見けり鯨を名づけけり
あづかりし子のよく笑ふ炬燵かな
地球儀は高いところへ煤払
使ひ捨てマスク再び使ひけり
中州から鴨流れゐる眠さかな
亡国の名の酒場ある風邪心地
背もたれに余るコートの長さかな
高橋も髙橋もゐて賀状書く
人日やただまつすぐにバス通り
迂回路の案外とほし山桜
みな同じ岩を踏みゆく磯遊び
雛段の骨組みひややかに崩す
風光りチーズケーキは砂丘めく
啓蟄の野外観客席のあと 
パンケーキの断面ましろ涅槃西風
米櫃へ米満たしゆく彼岸かな
飼ひ猫か野良猫か朧を曳いて
喰ふ舌の先まで恋の猫である
性欲とは藤のかすかな芯のやう
踏めば殺せるほどのがうなを愛しけり
蝶とほく置いて水面にとどきさう
耕や湖(うみ)より引きし水のあを
田楽を串の出でゆく力かな
粉をとかすだけのスープや春の星



■青木ともじ あおき・ともじ
1994年千葉県生まれ。俳句甲子園13,14回出場。
現在東京大学に在学。「群青」所属。

2015角川俳句賞落選展 1 青木ともじ(*)  2 青島玄武   3 青本瑞季(*)  4 青本柚紀  5 青山青史 

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1 青木ともじ 「水のあを」



2 青島玄武  「おしりの人」




3 青本瑞季 「鰭の匂ひ」



4 青本柚紀 「飛び立つ」




5 青山青史 「死海」







1 青木ともじ 「水のあを」 ≫テキスト
2 青島玄武  「おしりの人」 ≫テキスト
3 青本瑞季 「鰭の匂ひ」 ≫テキスト
4 青本柚紀 「飛び立つ」 ≫テキスト
5 青山青史 「死海」 ≫テキスト

第445号 2015年11月1日

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第445号
2015年11月1日



2014「石田波郷賞」落選展 ≫見る


2015 角川俳句賞落選展

1 青木ともじ 「水のあを」
2 青島玄武 「おしりの人」
3 青本瑞季 「鰭の匂ひ」
4 青本柚紀 「飛び立つ」
5 青山青史 「死海」
 1-5 ≫読む
6 上田信治 「塀に載る」
7 大塚 凱  「鳥を描く」
8 岡田幸彦  「虚も実も」
9 奥村 明 「ZARAにあるLOVE,ないLOVE. 」
10 葛城蓮士 「終末論」
 6-10 ≫読む
11 加藤絵里子 「ものの芽」
12 加藤御影 「蛇苺」
13 きしゆみこ 「まつはる色」
14 仮屋賢一 「鷲掴む」
15 北川美美 「梅日和」
 11-15 ≫読む
16 吉川わる 「アディオス」
17 杉原祐之 「日乗」
18 すずきみのる 「初扇」
19 折勝家鴨
 「塔」
20 高梨 章   「明るい部屋」
21 ハードエッジ 「ブルータス」
 16-21 ≫読む 
22 堀下 翔 「鯉の息」
23 前北かおる 「光れるもの」
24 岬 光世 「波の記憶」
25 宮﨑玲奈宮﨑莉々香)「眠る水」
26 薮内小鈴 
「声真似」
27 利普苑るな 「否」
 22-26 ≫読む 

予選通過作品

……………………………………………

現俳青年部11月勉強会のための短期連載
敏雄のコトバ(3)……生駒大祐 ≫読む

後記+執筆者プロフィール……上田信治 ≫読む




 
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〔今週号の表紙〕第446号 白銀葭 西村小市

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〔今週号の表紙〕
第446号 白銀葭

西村小市


晴れた日に桜山展望台まで散歩に出かけた。展望台からは埼玉県入間市・飯能市、東京都青梅市にまたがる加治丘陵を見渡すことができる。途中、茶畑のそばで芒に似た植物を見つけて写真を撮った。帰宅してネットで調べると白銀葭のようだ。英名からパンパスグラスとも呼ばれる。アルゼンチンの大草原(パンパス)に群生していることからついた名前だ。歳時記には載っていないが俳句に詠む人もいる。



週俳ではトップ写真を募集しています。詳細は≫こちら

【八田木枯の一句】いちにちが障子に隙間なく過ぎぬ 西原天気

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【八田木枯の一句】
いちにちが障子に隙間なく過ぎぬ

西原天気


第6句集『鏡騒』(2010年)より。

いちにちが障子に隙間なく過ぎぬ  八田木枯

ある意味シンプルな事柄がシンプルな筆致で作られています。

A いちにちが過ぎた。

B 障子に隙間がない。

AとB、どちらもあたりまえのことです。過ぎない一日はないし、障子というもの、たいてい隙間はない。

(時間もまた隙間なく流れるものですね)

二つのあたりまえが、定型のなかに巧妙に設計されています。

「障子に隙間なく」が副詞節として「過ぎぬ」という動詞にかかる。これは少なくとも散文的ではありません。定型ゆえの構造。

景色はどうでしょうか。

一日の経過のなかに置かれたのは、障子いちまい。それのみ。しかし、そこには、日の映り・移り・遷りがしっかりと含まれています。

それを前にした人(作者)は、畳の上にいます。どんな面持ちでいるのか、どんな気分でいるのか。それについては何も書かれていない。タブラ・ラサ(白紙)。障子のようなタブラ・ラサです。


巧妙に「シンプル」が設えられた句。


自由律俳句を読む 115  「鉄塊」を読む〔1〕 畠働猫

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自由律俳句を読む 115
「鉄塊」を読む1

畠 働猫


私は、(現在のところ)どこかの結社に所属しているわけではない。
それは、自らの句を客観的に評価し指導を受けるような機会や、定期的な句会のように発表の場がないという難点を抱えることである。
しかしその分、このような場においても「難しいことはわかりません」という免罪符を持って好き放題に意見を述べられる、とも言えるかもしれない。

かつてインターネット上での活動を中心に行っていた、「鉄塊」という自由律俳句の集団があった。

鉄塊ブログ

2012年の春に活動が始まり、20156月を持って活動を休止した。
私も天坂寝覚に誘われて、20131月より参加し、その活動休止まで所属した。

「鉄塊」の特徴は、なによりも「代表」を置かないことであろう。
活動内容は、毎月のメールによる互選句会であり、その集計とブログ編集を輪番で行う。また、なんらかの合意形成が必要となったときのために、議長も毎月輪番で置いた。
句会は「鍛錬句会」「研鑽句会」の2つを行っていた。
「鍛錬句会」は参加メンバーの投句を互いに評価するもので、「研鑽句会」では、メンバー以外の句について検討した。
また、定期的に「バーリトゥード句会」と称し、広く自由律句と定型句を公募しての句会も行った。
「代表」がいない、すなわちリーダー不在の集団が、3年以上も存続したという点ですでに自分は奇跡的だと思う。
そもそもの「鉄塊」の始まりは矢野錆助(当時、風狂子)の呼びかけによるものであるが、彼自身201210月には退会している。
私は常々「鉄塊」は水滸伝における梁山泊のようなものだなあと感じているが、錆助はその初期の頭目晁蓋と人物的にもイメージがかぶる。余談だ。



さて、今回から数回にわたり、「鉄塊」の句会に投句された作品を鑑賞する。
まずは第一回(20124月)、第二回(20126月)から。



◎第一回鍛錬句会(20124月)より
片目の伯父を父は見るなと 藤井雪兎
よい句だ。痛みがずしりと入り込んでくる。
描かれる人物すべてが違う悲しみを抱えている。
その複雑な心境を会話の一瞬を切り取ることで表現している。

マルクスの詩集だよかわいいね 藤井雪兎
この句も屈折した感情を切り取っている。
「かわいい」は思考停止を表現しているのだろうか。
それとも持ち主がそれにそぐわない様子を皮肉っているのだろうか。
なんにせよ、「うん、かわいいね」と返事をすべきなのだろう。

ひみつ基地に妹忍び込んでいた 藤井雪兎
ノスタルジックな記憶をくすぐる。こんな記憶はないのだけど。
きっとどこかの誰かの記憶を二次的に受け継いでいるのだろう。
テレビで見たのかもしれない。漫画で見たのかもしれない。
こうした情景を切り取るためには、共通の空気の中にありながら、どこか醒めているかのように眺めることのできる客観的視座がなくてはならない。

貧乏を揺すって桜を見上げる 馬場古戸暢
「貧乏」は諧謔を込めて自分を言い表したか。
揺すっても小銭の音もしない。やれやれと見上げた空に桜が咲いていたものか。
桜だけはただで楽しめる。

今日からニートの女と歩く 馬場古戸暢
結果だけを提示されているがために、読者は「女がなぜそうなったのか」を想像する。そしてその女との関係性を考える。想像の幅のある、開かれた句であると言える。
句のリズムが小気味よいため、悲惨さは感じず、むしろ爽快感を覚える情景である。

貸した本から落ちて陰毛 馬場古戸暢
貸した相手にもよるのだろうが、やり場のない思いを抱くことになる。
怒りでも悲しみでもないとほほ感とでも言うべきか。
よくこんな些細な感情を発見し句にしたものである。

日付けをとり替えて暮れる 天坂寝覚
無為な一日であったことを端的に示している。
それしかないものを示すことによって、空虚さを際立たせる。これは一つの技法と言ってもいいかもしれない。

たった一つのめしを食う夜 天坂寝覚
こちらも上掲の句と同様に空虚さを表現している。
「一つ」という語の選択がこの句のポイントであろう。
一般的には「めし」は一つとは数えない。では一つは何を数えているのか、と考えてみる。「夜」にかかっているのであろうか。しかしそうするとかえって句意がよくわからなくなる。やはり「一つ」は「めし」なのだろう。
あるいは、その「めし」を食う自分自身を物体として「一つ」と見ているのかもしれない。
結果よくわからないが、味気ない一人のめしをもそもそ食っていること、そしてその喪失だけは伝わってくる。

なにか捨てて来た道をかえりみる 天坂寝覚
その道は誰もが通る道なのだろう。
「捨てる」という行為は意識的なものである。
だからここでは「かえりみる」行為は弱さを表す。
後悔、悔恨。あるいは懐かしさであろうか。
しかし捨てたものはけしてもう一度手に入れることはできない。
また前を向き進むしかない。
おそらくこの「道」は人生なのであろうから。

春の雨の軒下の知らない猫と居る 渋谷知宏
優しくあたたかな情景である。どの語もひどく甘やかである。
「春の雨」「軒下」「猫」「知らない何かと雨宿りして居る」
非常に詩的であるし、健全だ。

意を決して出るあたたかい雨だ 渋谷知宏
世界は思ったよりも優しい。
そんなことを信じさせてくれるような、救いのような優しさがある句だ。
自分も世界の構成する大人として、意を決して出てくる若者に対し、このように接してやりたいと常々思う。

ポンと出た月がまあるい 渋谷知宏
絵本や童話の世界のようだ。
なんともほのぼのした世界である。
まあるい月の明かりの下では狸が躍り、狐が跳ねるだろう。
影絵でいつか幼い日に見たような気がする。

ふらふらと来て故郷の空き家の荒れ草 矢野風狂子
こんな句を詠んでいたのか、という印象である。後に短律の傾向がどんどん強まっていく作者の句としては、やや冗長に感じる。
「ふらふらと来て」のおさまりが悪いか。
尾羽打ち枯らし、故郷へ帰ってきた様子なのだろう。したがって「ふらふらと来て」にこそ感動の中心があるはずだ。しかしそのあとの漢語が強いためかうまく馴染んでいないように思う。

春の麗らの万年床の下のカビ 矢野風狂子
「万年床」や「カビ」のような俗な部分に視点を向けることは、新しい美を探すことになるだろう。ただここではその両者が付き過ぎか。

道暗くやけに黄色の濃い満月だ 矢野風狂子
月の輝きが、今いる道の暗さを引き立てている。
月は一つしかないはずなのに、ふとした時に違和を覚えることがある。
「やけに」にはそうした違和が込められているのだろう。
田舎の道ならば、狐や狸に化かされていることもあり得るのかもしれない。



◎第二回鍛錬句会(20126月)より
躑躅の甘い匂いがして学生はまだ知らないらしい 渋谷知宏
電車の中などで、同乗の学生たちの会話を聞くでなく聞いている様子を想像した。大人になって知ってしまった者には、その「知らない」状態は羨ましいことでもあるだろう。「躑躅の甘い匂い」が象徴するのは、そうした「若さ」ではないか。

犬、踏切を渡る線路のその先を見た 渋谷知宏
犬はたぶん何も考えていないのだろうが、ちらりと顔を横に向けた様子から、線路の先、つまり未来を見ているように感じたのだろう。
ポジティブな句である。

萎えてしまった電話だ 渋谷知宏
萎えてしまったのは電話のせいなのか、それとも電話のせいにしたのか。
男性は案外デリケートなものである。愛情の多寡ではない。何かのせいにしたい夜もあるのだ。

恥で済めば安いものだと六十八の父 白川玄齋
重い言葉である。この重さは愛情の重さであろう。
いくつになっても親は親、子は子なのだ。

前を向けば霧 後ろを向けば闇 白川玄齋
おそらくは自身の境遇を比喩的に表現したものであろう。
見えなくとも、それでも前に進むしかないのだろう。

姫百合のおしべ取り除けず 白川玄齋
花粉が出る前に取り除こう取り除こうと思いながら、結局取り除けなかったのであろうか。飛散した花粉は花びらを汚し、服を汚し、やがて猫を死に至らしめるのであろう。

蚊の音たたく音して蚊の音 天坂寝覚
何もなさを強調する、かすかな音への注目である。
一人ではない状況らしくユーモラスでもある。
蚊がたくさんいるのか。たたいても外れであったか。

かげろう立つ恋をしそうな影もある路 天坂寝覚
「恋」を幻のようなものと見ている詩情がある。
内容はあいまいながら、リズムとしては字余りの定型句であり強い印象を残す句である。

ひとりで来た顔をして墓へ 天坂寝覚
この連載の102「天坂寝覚を読む〔2〕」で読んだ句である。
佳句と思う。

さわやかおばさん自転車の怪異 中筋祖啓
いったい何を言っているのかわからないが、こう見える、ということなのだろう。どこに怪異を見出すのか。おばさんのさわやかさなのか、自転車なのか。
わからないが、おもしろい。

Uターンおばさん撃たれたみたいに 中筋祖啓
これは「さわやかおばさん」のその後なのか。
「撃たれたみたいに」という比喩がおもしろい。
撃たれれば、死ぬか倒れるだろうに、「Uターン」するとはどういうことなのか。
ゲームか何かのように見ているのか。
謎である。

アリ影や今となっては面影よ 中筋祖啓
「アリ影」が何のことやらわからない。
「面影」を思っていることから、追憶の対象なのであろうが。
うーむ、と、考えてしまっていてはたぶん追いつけないところで詠まれた句なのであろう。恐ろしい。

階下のいびきも朝となった 馬場古戸暢
眠れずに夜を過ごした様子が見てとれる。
深夜と朝とではいびきに違いがあるのだろう。
それに気づくほど、眠れぬ夜を繰り返し経験しているのだろう。
自分もかつて不眠を患ったことがあるので、情景はよくわかる。

夕餉のにおいの間を走る 馬場古戸暢
幼い日を思い出した。夕方の公園。
一緒に遊んでいた友人らが、次々に母親に呼ばれて帰ってゆく。
自分はいつまでも呼ばれず、順番を争っていた遊具を独占できる喜びもなく、一人遊びにも飽きてゆく。そしてしかたなく公園を後にする。
あちこちから漂う夕食の匂い、団欒の声。
それら幸福の象徴を、意識しないように走って帰る。
そんな寂しい記憶を刺激された。

深夜の道漕ぐ少年四人 馬場古戸暢
暇を持て余した中学時代、よくこうして過ごした。
あてもなく自転車であちこち行ってみたり、大人用の自販機を物色してみたり。
思春期のエネルギーは、夜を静かに眠らせなかった。
この句もまた、過去の記憶をくすぐるものだ。

うでをひろげてそらのまね 藤井雪兎
秀句である。
情景が目に浮かぶだけでなく、妙に納得してしまう力がある。
「そらのまね」をどうやったらできるのか。実際にはよくわからないし、「うでをひろげて」それが表現できるものか、これもわからない。
しかし「うでをひろげてそらのまね」と言い切られてしまうと、それはそれで納得できるような気がするのだ。
思うに「そら」のように実体のないもの、よくわからないものについては、「こうだ」と言ってしまったもの勝ちなところがあるのだろう。
これが「そらのまね」だ。と言い切られてしまえば、「ああなるほどそうか」と思わざるを得ない。
半ば狂人のような思い込みの力が世界を形作っていくのだ。この句にはそんな力がある。

子守唄思い出して眠れないニートです 藤井雪兎
自分を客観視して嘲う余裕がまだあるようだが、眠れないのは辛いことだ。
自責の念、愛してくれた親への罪悪感。
不本意ながら陥った自分自身の状況を、ああ「ニート」じゃないか、と発見している夜でもあったのか。

この手のひらを選んでくれた雨粒 藤井雪兎
降り始めのパラパラとした雨の中に手を差し伸べているところであろうか。
掌に落ちて濡らした雨粒に、何かの縁を感じたものか。
それとも何らかの啓示を読み取ったものか。
選ばれなかった痛みがあったのかもしれない。心なのか身体なのか、渇き、潤いを求めていたのかもしれない。
いずれにせよこの瞬間、この状況の作者にとって、これは慈雨であったのだろう。

五月雨を殴って気が済むか 松田畦道
「五月雨」を殴るとはどのような状況なのか。
やり場のない怒りや憎しみのまま、雨の中でシャドーボクシングをしているものか。

次の準急で構わない雛罌粟揺れてる 松田畦道
目的地は遠くなのであろう。しかし急ぐ旅ではない。
一本電車を遅らせてもいい何かがここにあるのだ。
それは故郷を離れる惜別の思いかもしれない。この町に残していく人との別れの時間かもしれない。旅の終わりを惜しむ気持ちかもしれない。
心は千々に乱れているのか、それとも穏やかに凪いでいるのか。知ってか知らずか雛罌粟は風に揺れているばかりだ。

鴉の形した咳を闇へ放す 松田畦道
漱石の「夢十夜」を思った。そんな話はないのだが。その挿絵にありそうな情景と感じたのである。
幻想的な見立てである。悪いもの、病の形を鴉としているのだろう。
放たれた鴉は闇に溶けて、再び自分にまとわりついてくるのだろう。
夜の咳はしつこく、心を身体を蝕んでゆく。

寒いと一言先輩の彼女 春風亭馬堤曲
「先輩の彼女」の発見が、この句の物語を豊かにしている。
実際の体験なのかもしれないが、たったこれだけの描写で、二人の関係性や状況について豊かに紡ぎ出されていて見事だ。
秀句と思う。

外れ馬券にこやかにやぶる白髪 春風亭馬堤曲
余裕があるのか悟ってしまっているのか。
あるいは煮えたぎる思いを隠しているのか。
私は知らない世界だが、競馬場では日常茶飯事なんだろうか。
「白髪」のキャラクターをもっと具体的にしてもよかったかもしれない。
歯がないとか。

ひねもすぐうだらたばこのから箱 春風亭馬堤曲
リズムが気持ちよいが、内容は空箱のように空虚だ。
煙草を吸って煙を吐き出す機械としての一日を終えたのだろう。
「働いたら負け」という積極的ニートの言葉を思い出す。

ぬるい夜が俺の五感を塞ぐ 矢野風狂子
「五感」が塞がれているのであるから、この「ぬるい」は触角で感じる温度ではない。
ここでの「ぬるさ」とは、つまらなさや厳格さがない状況を指すのだろう。
五感を研ぎ澄まし、より高みを目指そうとしているにも関わらず、この夜はそれを与えてくれない。
時代に対する閉塞感とも取れるし、詩情を求めて得られぬ甘えともとれる。
句材のなさを返って句にしたような無理矢理感もあるようだ。

仏さんの飯に蠅二匹 矢野風狂子
夏の情景であろう。仏への尊崇であるとか、慈悲の心であるとか、そういうところに諧謔を見出そうとしている視線を感じる。
他者が見落としそうな些細なところに目を向けるからには、そこに引っかかる作者のスキーマがある。俳句としてどんなに主観を排そうとも、その場面の切り取り方にどうしても主観は表れるものである。

潰れた毒毛虫の黄色のハラワタ 矢野風狂子
毛虫など小さなものである。
たまたま目に入ったのでなければ、これを潰したのは詠み手自身と考えるのが妥当だ。
カラフルな毛虫もあろうが、この毛虫は真っ黒であったものと思う。
だからこそ、その内部にあった黄色に強く心を惹かれているのだろう。
句材、視座はおもしろいと思うが、「ハラワタ」という表記の有効性には疑問が残る。ひらがな表記にしなかったのは、我々世代がどうしても思い浮かべてしまう、サムライミ監督の「死霊のはらわた」と距離を置くためか。違うか。



*     *     *



次回は、「鉄塊」を読む〔2〕。
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