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後記+プロフィール484

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後記 ● 村田 篠

夏休み納涼句会、たくさんのご参加をいただき、ありがとうございました。

みなさんに誌上でご参加いただく句会は久しぶりで、前回は約3年前、「ウラハイ」誌上での開催でした。

ご投句一覧を掲載致しましたので、選句要綱をご覧の上、ご選句をお願い致します。〆切は8月6日(土)です。どうぞ存分に選句をお楽しみいただければ、と思います。



それではまた、次の日曜日にお会いしましょう。


no.484/2016-7-31 profile

柳本々々  やぎもと・もともと
かばん、おかじょうき所属。東京在住。ブログ「あとがき全集。」http://yagimotomotomoto.blog.fc2.com 

中嶋憲武 なかじま・のりたけ
1994年、「炎環」入会とほぼ同時期に「豆の木」参加。2000年「炎環」同人。03年「炎環」退会。04年「炎環」入会。08年「炎環」同人。

■瀬戸正洋 せと・せいよう
1954年生まれ。れもん二十歳代俳句研究会に途中参加。春燈「第三次桃青会」結成に参加。月刊俳句同人誌「里」創刊に参加。2014年『俳句と雑文 B』を上梓。

■西村 麒麟 にしむら・きりん
1983年生れ、「古志」所属。 句集『鶉』(2013・私家版)。第4回芝不器男俳句新人賞大石悦子奨励賞、第5回田中裕明賞(ともに2014)を受賞。

■有川澄宏 ありかわ・すみひろ
1933年生まれ。「円座」所属。

西原天気 さいばら・てんき
1955年生まれ。句集に『人名句集チャーリーさん』(2005年・私家版)、『けむり』(2011年10月・西田書店)。ブログ「俳句的日常」 twitter

■村田 篠 むらた・しの
1958年、兵庫県生まれ。2002年、俳句を始める。現在「月天」「塵風」同人、「百句会」会員。共著『子規に学ぶ俳句365日』(2011)。「Belle Epoque」


〔今週号の表紙〕第484号 夕菅 有川澄宏

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〔今週号の表紙〕
第484号 夕菅

有川澄宏


朝開いて夕方しぼむニッコウキスゲなどは、高原などでしばしば大群落をつくりますが、ユウスゲは高原の片隅で、夕方、ひっそりと咲き初めて真夜中に満開となり、翌朝にはしぼみます。大群落はつくりません。

この控え目なところが良いですね。

表紙の写真は、菅平高原で撮った一枚です。友人大勢で共有していた山荘を朝早く発ち、牧場の縁を通って、根子岳(2207m)に登り、帰りはスキー場を野草や山菜など探しながらゆっくりと降ってきます。山荘までもう一息というところで腰を下ろすと、目の前の小高い草原の斜面で、パラグライダーを楽しむ人達が声を掛け合っています。

風を待っているのです。風に乗って自然と一体になる瞬間を待っているのです。見ているこちらまでわくわくしてきます

「また駄目かなー」「おっ、今度は上手く乗った」などとしばらく楽しんだあと、さてそろそろ帰ろうかと、振り返ると、風待ちの丘に夏の陽が隠されてできた日陰の草原のあちこちに夕菅が涼しげな色で咲いていました。

秋がそこまで来ています。


週俳ではトップ写真を募集しています。詳細は≫こちら

【週俳7月の俳句川柳その他を読む】雑感「かの夏を想へ」 瀬戸正洋

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【週俳7月の俳句川柳その他を読む】
雑感「かの夏を想へ」

瀬戸正洋


西原天気の「かの夏を想へ」は、俳句同人誌『連衆』第72号(西暦2015年10月)より転載されたものである。代表は谷口慎也であり、たまたま、私も俳句と雑文を書かせてもらっている。つまり、この作品は、二度、読む機会に恵まれたことになる。先日、川村蘭太、富樫鉄火両氏を中心とする、『連衆』東京句会に参加した。その日の句会の兼題のひとつに「映画」があり作ることに苦労した。私は「かの夏を想へ」を思い出し、彼に倣って人名を入れ、何とかかたちを整えて出句した。その結果、川村蘭太特選を得た。

川のみづ海のみづ夏ゆふべかな  西原天気
眼底に焼き付けたまへほら菅井きんそつくりに暮れてゆく街

川のみづ海のみづから山のみづを連想することは容易い。すべての源なのである。夏のゆふべというのも、みづに相応しい気がする。そこで、菅井きんそっくりに暮れてゆく街を眼底に焼き付けなさいとくる。おだやかな風景を菅井きんが少しずつ侵していくのだ。

終バスの煌々とあり夏は来ぬ  同
アート紙にかすかな湿りその一枚一枚に棲む浅丘ルリ子

誰も乗らぬバスは灯りを落とす。客を乗せるため最終バスには灯りが煌々と点っている。最終バスに間に合ったという安堵感を感じる。夏は来ぬという表現からおとこの体臭、あるいは汗を感じる。それが、かすかな湿りその一枚一枚に棲むと繋がっていくのだが、アート紙としたこと、その一枚一枚に浅丘ルリ子が棲むとしたことに、このひと独特のイメージが育つすがたを感じる。

虻は宙に停まれり蓮の真上なる  同
季語として五月みどりの遍在をつくづく思ふ蒲田駅前

五月みどりへの遍在はこのひとにあるのだ。蒲田駅前であることは偶然なのか、あるいは、作者の意思なのか。虻が宙に停まり蓮の真上にいることは蓮の意思であることは決まっている。

クーラーのリボンへろへろ純喫茶  同
あぢさゐに囲まれてゐるあぢさゐのさなかに眠れ徳川夢声

昭和の頃、商店街には純喫茶と看板を掲げる喫茶店が何軒もあった。クーラーにリボンが付いていることも昭和らしい。徳川夢声とあぢさゐとの関係は知らない。墓地のある多磨霊園があぢさゐで有名であるかないかも知らない。ただ、徳川夢声には、あぢさゐが相応しいと思っているのなら、「クーラーのリボンへろへろ」としたこともこのひとらしい発想であると言えるだろう。

戦争と三愛ビルの水着かな  同
四角くて丸い世界の中心に馬場正平がゐた熱帯夜

四角い世界ならあたりまえのことなのだが、四角くて丸い世界としたことに何かがあるのだ。戦争に三愛ビルの水着と置いたことにも何かがあるのだ。その答えとは、ジャイアント馬場のゐた時代ということになる。このひとは世の中が右に動き始めたのか、自分が左に少しずつ傾きはじめたのかが解らなくなってきていると思う。

始発まで寸時のねむり水中花  同
ならばカギ括弧に入れて「トニー谷」さあ革命の準備はできた

若者たちが眠っている。始発までのすこしの間。そこに場違いな水中花を置く。リーダーは何をするのか、どこへ行くのか知っている。だが、眠っている若者たちは何も知らないのだ。若者たちはひたすら仮眠を取る。もちろん、トニー谷も仮眠を取る。だから、このひとは、トニー谷をカギ括弧の中に入れたのである。

蘭鋳の正面といふ奇妙な町  同
茅場町あたりのビルのそのうへを反重力の清川虹子

反重力だからビルのそのうへなのである。蘭鋳は清川虹子に似ている。奇妙な町とは茅場町。蘭鋳の正面だから奇妙な町なのである。不快なとき、何故かもやもやしているときは反重力に身を委ねたい。

ゆく夏を時計廻りに秒針は  同
牛乳を飲み干せどなほ哀しみのいや増す笠置シヅ子はいづこ

秒針が時計回りでなければ、牛乳を飲んでも悲しみは増さないのである。このひとはあたりまえのことをすることが嫌いなのだ。秒針の速度でもブギウギのメロディーは流れる。昭和二十年代を代表する歌謡曲である。

たはむれのプールの底で目をひらく  同
谷啓を永久の課長と思ふべしオフィスに並ぶデルのパソコン

プールの底にいることがたはむれなのである。たまたま、目を開くとデルのパソコンがオフィスに並んでいる光景が脳裏に現れた。もし、「連衆」東京句会に、この作品を出したら、谷啓が課長役で出演した映画の話がいくらでも出てくる。「連衆」東京句会とは、そのようなひとたちの集まりなのである。

わが未来つひに輝くことなし蚊  同
その場合まさか桜井浩子などゐるはずもない夜明けの日比谷

誰の未来も輝くことなどありはしない。その未来には蚊が待っていて、私たちを刺すのだ。このひとは、夜明けの日比谷に科学特捜隊のフジ・アキコ隊員がいて欲しいと願っている。

はつあきのちいさく雨の降る日かな  同
かの夏を想へば菅井きん状のものが記憶の襞に滲み出す

このひとが菅井きんのことを、どれだけ好きなのかは知らない。何が好きなのかも知らない。中村主水をいびる姑役の中村せんの容姿を思い浮かべていれば十分であると思っている。ちいさく雨の降るとは、旧盆前の辰の刻あたりの小雨であり巳の刻にはすっかり晴れてしまう、そんな雨だと思っている。中村せんの容姿が私の記憶の襞に滲み出す。このひとは、自分を貶めたいと願っているところがあるような気がする。自分自身を確立したいと願うことなどさらさらない。そこのところが非常に魅力的であると思う。このひとは、私たちの知らない何かを持っている。だから、四十八文字を使い、自由に遊んでいるのだ。

人名を入れて作品に仕立て上げたとき、その女優でなくてはならないという理由は何もなかった。無意識のうちに、その女優の名前が浮かんだのである。だが、そのとき、苦吟している自分を思い返してみると、その女優の名前が浮ぶ、いろいろな伏線のようなものがあったことに気付く。句会のあと茶話会と称し日本料理居酒屋「松兵衛」で懇親を深めた。隣に座ったのは、西日本新聞に「俳句遊びノススメ」を連載している宮崎直樹であった。何かを持っているひとたちとの世間話は、たいへんに面白い。お開きとなり、地下鉄で飯田橋駅まで出て、御茶ノ水駅、東京駅へと乗り継ぎ、東海道新幹線に乗り帰路に着いた。

【八田木枯の一句】帰省子に石鹼淡く減りゆきぬ 西村麒麟

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【八田木枯の一句】
帰省子に石鹼淡く減りゆきぬ

西村麒麟


帰省子に石鹼淡く減りゆきぬ  八田木枯

『鏡騒』以後。

帰省子は特別可愛いものです。少しの期間実家(田舎の方がより感じが出るかもしれません)に帰って、ただごろごろしている我が子を、これを食べよ、あれも食べよ、ささ、お風呂に入れ、と年老いてゆくばかりの家族が、愛情べったりにもてなしてくれます。

帰省子は薄情でもあるので、やがて田舎は退屈だとつまらなそうに過ごすようになり、休みが終わるとまたいきいきと東京さに戻って行ってしまいます。その後田舎に残された家族は、いつも通りの静かな生活へと戻ります。

淡く、楽しく、少しかなしく、帰省とは、そんなものです。

そんな感じがこの句にはあり、見つめていると、少し切ない。


【句集を読む】蛸を釣るのは誰か? 関口恭代『冬帽子』の一句 西原天気

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【句集を読む】
蛸を釣るのは誰か?
関口恭代冬帽子』の一句

西原天気


さりがたし。

終わりにしなければいけない、終わりにしたほうがいいのに、終われない。そういうことがよくあります。

飯蛸釣り釣れぬと言ひて立ちあがる  関口恭代

誰に言うのではなく自分に言う、あるいは全人類(というのは不特定多数という意味ですが)に告げる「釣れぬ」。これは(心理的)儀礼の一過程でもあるでしょう。

ところで、ここでちょっと一般的な話題。作中行為者ということが、俳句でも言われたりします。この句の場合、「立ちあがる」のは誰か。

行為者(主語)が示されない俳句では、作者の行為と読まれることも多いのですが、この句の場合、作者を観察者、見る人と解するほうが自然な感じもある。行為者を誰と決めるのは、脈絡、とも言えそうです。

しかしながら、(これふだんから思っているのですが)、書かれていない・示されていないことの空白(行為者に関する空白)=行為者は誰でもない・誰でもある、と解するのが自然ではないか。

(えらくあたりまえのことを言っている気がしますが、まあ、いいでしょう)

立ちあがったのは、作者でもいいし、誰かでもいい。

先に心理的な儀礼と言いましたが、このときの実行が個人的な事柄であったとしても、儀礼性は集合的(collective)なものです。

俳句はいつでも、個人的であると同時に集合的であるような気がします。


掲句に戻れば、「立ちあがる」というなにげない座五で、その瞬間、海の広がりが見えました。句そのものも、なにげない。でも、このあたりに俳句のコクがあり、暮らしていることの妙味があると思うのですよ。


掲句は関口恭代句集『冬帽子』(2016年2月/ウエップ)より。


なお、まったくの余談ですが、「飯蛸の炊いたん」(関西弁)、ほんと美味しいですよね。


〔その後のハイクふぃくしょん〕ステージ 中嶋憲武

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〔その後のハイクふぃくしょん〕
ステージ

中嶋憲武


スタンドマイクの前に立つと、雨の音が聞こえた。雨音と思ったのは、拍手の音だったのかもしれない。

振り切ろう。るんなを見ると、Bのコードを押さえて、人差し指で、ふわっとセーハした。るんながこちらを見た。みこもこちらを見た。三人、目で合図しあって、るんなのギターは、のっけから釈迦力。ディストーションのたっぷりかかった怒りの三連。わたしは白夜の怪鳥のような叫びを挙げた。


二月のからりと寒い夜。学校の帰りに、駅前のミスタードーナツで、このたびの文化祭への参加と、どういう曲をやったらいいのか、ミーティングを行った。文化祭は六月の第一週の土曜日曜と二日間ある。二日目の講堂でのステージに、有志バンドとして立つ事に決めたのだ。

わたしの通っている麗響女子学院は、横浜の海の見える高台にある。周囲には伝統ある名門校として聞こえていて、文化祭には父兄も大勢来る。そういった父兄達も楽しめるステージとして、わたしはビートルズを考えていた。

父は中学の頃からビートルズを聴いていて、今でも休みの日などに聴いている。よくテレビの街頭インタビューなどで、ビートルズをどう思うかと尋ねられた中年男性が、青春でしたと、あくまでも過去形で答えたりしているが、父はそうではない。現在進行形なのだ。父にはビートルズ周期というものがあって、無性に聴きたくなる時期と、そうでない時期が半年に一回くらいの割合で交互にやって来るのだと言う。

そんな父の影響をモロに受けているわたしは、ポールの大ファンな訳で。

担当の楽器はベースギターで、ヘフナー500/1を使用している。レフティーのヘフナーだ。もともと右利きだったのだが、ベースを弾く時だけは、左利きになる。練習した練習した。その方が、ギターとベースのネックが両方に開いて、バンドの見た目も面白いし、何よりもポールが左利きであったからなんだけど。

わたしたちのバンドは、中学から同級のるんながギター。同じクラスのみこもギター。みこの友達の三組のありさがドラム、ありさの後輩の一学年下のシャンディーがキーボードという五人編成だ。シャンディーとは本名で、ママが台湾人、パパが日本人のハーフで、ありさの小学校からの知り合いらしい。今すぐにでもモデルとして、きっと通用する、すごい美人だ。

当初から洋楽でやろうという事は決まっていたので、何をやるかだ。るんなはグリーンデイがいいと言い、みこはニルヴァーナがいいと言った。ドラムのありさはトイドールズ、キーボードのシャンディーはラモーンズと言う。

見事に意見バラバラ。わたしはビートルズなんてどう?と言ってみた。
「ビートルズぅ~?」ほとんどユニゾンで返答された。
「オールディーズは、みんな知ってるから、難しいんじゃないのお」
「そうそう。超有名なグループだけに、それぞれ思い入れもあるし、聴き比べられちゃうよ」
ありさとシャンディーが共闘して、反対してきた。
「みんなが乗れる曲がいいんじゃないの。うわっ、べとべと」るんながハニーディップをちぎりながら、もそっと言う。
「そうだよ。乗りが大事だよ」そう言ってみこは担々麺を啜った。
「みんな、ビートルズにどんなイメージ持ってんの?」わたしは聞いてみた。するとイエスタデイとかレット・イット・ビーとか、イェイイェイ言ってるだけ、教科書的に退屈とか抜かした。
「なあんだ、みんなビートルズ知らないんじゃん。有名どころしか聞いてないんじゃないの?」と言うと、るんなが指を舐めながら、わたしはビートルズでもいいと思うよと、ぼそぼそっと言い、乗れる曲ならねと付け加えた。ギターが滅茶苦茶巧みな、るんながそう言うと、なんとなく流れはビートルズという事になって来たので、予てから用意してあった曲のリスト十曲を、みんんなに見せた。
ビートルズ選曲リスト①レボリューション②あたしの車の③ヤー・ブルース④ヘイ!ブルドッグ⑤そして君の鳥は歌える⑥ペイバーバック・ライター⑦道路でやろうじゃないか⑧私と私の猿以外は誰でも隠し事を持っている⑨すべて素晴らしすぎる⑩誕生日
リストの曲を、みんなほとんど知らなかったが、ありさが、椎名林檎がカヴァーしているヤー・ブルースは知っていると言った。
「十曲やるつもりなの?ステージの持ち時間、何分だっけ?」
「三十分だったかな。あ、大丈夫だよ。ヤー・ブルースは四分くらいだけど、ほかのは三分ないか、三分程度だから」

ありさとそんな会話をしてから、「この十曲は、全部ユーチューブで聴く事が出来るから聴いてみて」とみんなに言い、それを次のミーティングまでの宿題にして、その日は解散したのだった。

二曲目のヤー・ブルースを、ギターのるんなが歌い出すと会場の千二百人は、しんとなった。るんなのギターが、のったりと始まったからだろうか。それとも歌詞のせいだろうか。

 そのとおりだ/わたしはさびしい/死にたい/
 そのとおりだ/わたしはさびしい/死んでしまいたい/死んだも同然だが/
 朝には/死にたい/夜には/死にたい/死んだも同然だが/OH GIRL/なぜこうなったのか
 その理由は/きみにはよくわかっているはずだ

この曲はずっと、「死にたい」「自殺したい気分だ」と歌う。二曲目に持って来たのは、失敗だったかなと軽く後悔する。

ゴンゴンとベースを鳴らしながら、千二百人ほどの観客を見渡す。お父さんは、…見つからない。来てないのかな。座席の最前列から三列目にタカトが来ている。うっとりとした感じで、るんなを見ている。練習もよく見に来ていた。わたしがじっと見ていると、目が合って、照れたようにすこし笑った。キュートだ。

バンドの練習が終ると、わたしたちはよくサイゼリヤへ行った。その日はタカトが見に来ていた日で、るんなにくっついて来た。

サイゼリヤは混んでいて、六人席は取れず、三人席を二つ用意された。わたしとるんなとタカトと、みことありさとシャンディーで別れた。

オーダーを終えると、タカトは、ずいぶんヘヴィーな曲をやるんだねと切り出した。ヤー・ブルースのことだ。
「そう。スーサイダルな歌詞だからね」
「スーさん?」
「スーサイダル。自殺したい気分」るんながタカトの隣で、タカトにちょっと身を寄せて言う。
「へえ、そんな内容なんだ。ミスタージョーンズって誰?」歌詞のなかに出て来る固有名詞だ。
「ボブ・ディランの歌に出て来る男性の名前らしいよ」ジョン・レノンはボブ・ディランに結構憧れていたフシがある。
「ボーカルを取る上で、ちょっとはっきりさせて置きたい事があるんだけど」るんなが切り出す。
「そのボブ・ディランの曲、やせっぽちのバラードに出て来るジョーンズって、ブライアン・ジョーンズの事だって聞いたような気がするんだけど、そうなの?」ブライアン・ジョーンズはローリング・ストーンズの創設者であり、自宅のプールで謎の死を遂げた人物だ。
「違うと思うよ。ブライアン・ジョーンズが死んだのは、この曲の発表時期より、ちょっと後だと思ったな。だから関係ないんじゃないかな」
「ああ、そうなんだ。じゃ、やせっぽちのバラードって事にしとく。せりかは流石によく知ってるね」るんなに褒められると、嬉しい。

三曲目の「ヘイ!ブルドッグ」が終っても、客席はなかなか乗ってこない。MCの時間もない。通常であれば、わたしたちのバンドには、お友だちタイムというのがあって、クイズを出したり、早口ことばを言ってもらったりして、オーディエンスとコミュニケーションを取れるのだが、とにかく今回は時間がない。

信じられない事だが、今朝、実行委員長の日野めぐみがステージの持ち時間を十分削ってくれと言ってきたのだ。OBのバンドが急遽出演する事になったというのが理由だった。すこし売れてきていて、ネットなどでも人気のバンドだという。理不尽だと日野めぐみに言った。日野めぐみは、今回の文化祭の総責任者ともいうべき赤石沢先生の言ってきた事だから、断れなかったとにべもない。結局、十曲を六曲にするという事で手を打ったんだけれど、バンドのみんなには怒られた。引くなってね。でも仕方ないじゃん。
 
という訳で、MCなしお友だちタイムなし、ひたすら急ぐステージに相成った。

四曲目の「ペイパーバック・ライター」は、わたしも好きだし、みんなも好きだと言っていた曲だけに力が入る。この曲は、ポールが親戚のリルおばさんから、「ポールは職業に関する曲を書いた事がないわね」と言われて、発奮して書き上げたというのは、あまりにも有名な話だ。

それにしても、そろそろ盛り上がってきてもいい頃。相変わらず、会場は静かだ。

コーラスは単に「ラーラーラー」と歌っているのかと思ったが、ジョンとジョージは「フレール・ジャック」を歌っているのだった。「フレール・ジャック」または「アー・ユー・スリーピング」または「鐘が鳴る」または「グーチョキパーで何つくろう」などの名で知られている歌だ。わたしがボーカルを取るので、みことるんな、ありさ、シャンディーに「アー・ユー・スリーピング」の歌詞をコーラスしてもらう事にした。なにしろブラザー・ジョンなのだから、そう歌って欲しかったのだ。

この曲を数日前、音楽室で練習している時、赤石沢先生がふらりとやって来て、わたしたちの様子を見ていた。四十をとうに過ぎているが、独身の先生は、どことなく浮世離れしている風情があって、少女のような感じもある。普段、会話をしていても、どこかピントがズレていて、少しく緊張感を持って対峙せざるを得ない先生だ。

練習を終えて、機材を片付け始めると、赤石沢先生が近づいて来て、わたしたちの誰にともなく、よく通るゆっくりとした口調で聞いた。
「いい曲でしたね。その曲、おやりになるんですか」
「まあ、やらないという事もないんですが。まあ、その、神のみぞ知る、です」一番近くで片付けをしていたシャンディーが答えた。その答えの何がおかしかったのかは、知らない。赤石沢先生は口に手を当てて、ホホホホとS字を描くような響きの笑い声を立てた。

シャンディーの答えは、当たらずと言えども遠からずで、話し合いによっては、ペイパーバック・ライターも没になっていたのかもしれないのだから。
「他に何を演奏なさるの?イエスタデイ?」
「やりません」みこが答えた。
「レット・イット・ビーは?」
「やりません」ドラムスティックを、大きな胸の前で小さなバツの形にして、ありさが答えた。
「まあ~、ではミッシェルは?」
「やりませんの」るんなが答えた。赤石沢先生は、ゆっくりと頭を左右に振るようにしながら、しばらく間合いを計るように立っていたが、相手にされていないと思ったのかどうか、ステージ楽しみにしておりますと言うと、音楽室を出て行った。

まさか、あの時のあれを根に持っていたんでは?
「ペイパーバック・ライター」が終って、次の曲、「私と私の猿以外は誰でも隠し事を持っている」の、シャンディーが忙しなく叩き続けるカウベルの音色の合間に、ふと思ったりした。まさかまさか。

あっという間にラストの曲になった。「誕生日」という曲なので、演奏の前に聴衆に向かって、今日、誕生日の人はいますか?いたら手を挙げてみてくださいと言うと、ぱらぱらと手が挙がった。
「今、手を挙げてくれた方たちに、ささやかなプレゼントがあります」言い終るやいなや、ありさの烈火のようなドラミング。始まった。最後の熱狂が。
 YES/ぼくたちはパーティへ/パーティへいくのだ
 YES/ぼくたちはパーティへ/パーティへいくのだ
AメジャーからEメジャーへ、バンドは曲を盛り上げる。客席をふっと見渡す。ここに至ってもあまりグルーヴを感じていないようだ。さらにCメジャーへ。ありさのカデンツァが加わり、わたしはダーーーンス!と声を張り上げる。


拍手の音は、雨音だったのかもしれない。雨は夜になって、いっそう強くなった。背中のベースギターが重く感じられた。家までの道程がちょっと遠く感じられた。

ステージが終って、袖へ引っ込む時、うしろを歩いていたるんなが、失敗だったねとにこにこしながら言った。観客の反応はいまひとつよくなかった。演奏は悪くなかったと思う。一人一人のプレイは群を抜いているのだから。でも今回は、るんなの言う通り失敗だったのかもしれない。選曲が悪かった?練習不足?わからない。いいステージを終えた後に感じる、赤子のような全能の感覚はなかった。

家へ帰ると、リビングで父が夕刊を読んでいた。
「お帰り」
「ただいま」
「今日のライブ、なかなかよかったぞ」
「えっ、来てくれてたの?」
「ああ、観てたよ。なかなか力強かった。迫力あった」
「選曲がね。もうちょっと広く受ける方でまとめてたら、と思ったんだけどね」
「いや、受けてる人はいた。後ろの方はだいぶ盛り上がってたようだけど」
「次、もうちょっとがんばる」
「次はいつだ」
「夏休みのライブかな。池袋の」

とりあえず、父に観てもらえて、わりと及第だったようなので、よしとするか。

二階へ上がる時、何気なく天上を見上げると、いつ出来たのか、壁紙にうす青い蝶のような形の染みが浮き上がっていた。


雨の学祭花をつけない木ばかり太い  青本柚紀 『週刊俳句』第431号


※ビートルズの歌詞対訳は、「片岡義男訳 ビートルズ詩集1、2」に依った。

あとがきの冒険 第2回 夢・遡行・覚醒 安福望『食器と食パンとペン』のあとがき

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あとがきの冒険 第2回
夢・遡行・覚醒
安福望食器と食パンとペン』のあとがき

柳本々々


絵と短歌のアンソロジー『食器と食パンとペン わたしの好きな短歌』において、歌に絵をつけた編著者である安福望さんは「おわりに」で次のように書いている。

夜、なかなか眠れないときに、好きな短歌のことを考えます。目を閉じてくり返し考えているうちに、眠ってしまったり夢をみたりします。

この安福さんの〈あとがき〉における「短歌」からそのまま〈眠り〉に入ってゆくアクセスの仕方は、この本の構成と非常に深く関わっているとわたしは思う。どういうことか。

この絵と短歌のアンソロジーは次の短歌で始まり、次の短歌で終わっている。引用しよう。

近づけば光らない石だとしても星 それぞれに夢を見ている  田中ましろ
寝た者から順に明日を配るから各自わくわくしておくように  佐伯紺

このように当アンソロジーの始まりの歌と終わりの歌を並べてみると、「夢」の短歌で始まり、〈入眠〉の短歌で終わっていることに気がつく。つまり、安福さんのふだんの短歌をめぐる行為〈入眠→夢〉という流れを逆に行ったのがこの本の構成の流れ〈夢→入眠〉なのである。

そう、この本の構成的おもしろさは、〈夢〉をみてから〈眠る〉ところにある。〈眠って〉から、〈夢〉をみるのではないのだ。

なぜそのような《遡行》が起きたのだろう。

それは〈夢〉というイメージそのものが安福さんにとっての〈短歌〉だったからに他ならない。安福さんにとって〈短歌〉は読むもの・解釈するもの・説明するものである前に、なによりもまず〈見る〉ものであるのだ。

短歌は夢に似ているような気が最近していて、しかもその夢は自分の夢ではなく、全く知らない他人の夢なので、見るものすべてが新鮮です。

だとしたら、短歌をこういうふうに言うことはできないだろうか。短歌とは、〈覚醒された夢〉なのだと。ひとは、起きながらに夢をみることができる。そして夢をみたあとで、眠ることができるのだ。〈あとがき〉はその〈覚醒された夢〉という逆説を率直に示した。

「あとがき」という広大なふとんにおいて、ひとは夢をみる。いや、こう言ったほうが適切かもしれない。「あとがき」自体が、「あとがき」そのものが、夢をみることがあるのだ。眼をみひらいて。

(安福望「おわりに」『食器と食パンとペン わたしの好きな短歌』キノブックス、2015年 所収)


夏休み納涼句会 投句一覧

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夏休み納涼句会
投句一覧

68名様の参加をいただきました。ありがとうございます。選句については、別ページ・選句要綱を参照ください。


【糸】

うたた寝の糸をたぐれば海へ出る

エクスタシーにまつわる細く赤い糸

かちわりに必殺仕事人の糸

きらきらとひとすじの糸飯饐える

こぼるるは糸と真夏の笙の音

スベリヒユ木偶の先より糸伸びて

ちんぽこに糸をぐるぐるなんか晩夏

はちぐわつの糸巻エイの面構

はつ夏の糸鋸をひく透かし彫り

ほつれ糸ほつれつづける秋の裏

マクベスの魔女等糸取鍋を守る

よくできた妻に井守の糸きたる

一族とか糸瓜とか揺れ笑えない

雲が峰糸に吊られし科特隊

夏去るとあはれ糸魚の婚姻色

夏座敷着物に残るしつけ糸

夏深む蔵の二階に糸操り機

鬼火のやう釣糸のやう草いきれ

空蝉の背ナに白じろ糸のくづ

県道へ一糸まとはぬ生身魂

香水とジゴロ金に糸目をつけぬとも

祭来る文字を豪奢に刺繍糸

三伏やまた朝が来る錦糸町

仕付け糸きらり引き抜く夏衣

糸くずのふるふるなびく南風かな

糸つけてシオカラトンボ放ちけり

糸の先モンローウォークのタランチュラ

糸ようじの通らぬ歯間夏の果

糸引きに春を捧げた母の唄

糸瓜や郵便局は路地の奥

糸瓜忌の糸瓜を長く垂らしけり

糸巻きのからから回る終戦日

糸鋸盤並びて月の涼しかり

糸魚川静岡構造線は朱夏

糸通しに顔のエンボス西日さす

糸電話の相方遠し草いきれ

糸吐いて吾子もモスラも繭ごもる

糸偏の文字ではないが草いきれ

糸蜻蛉はくもりの朝に生まれける

歯に切れば糸の味せり浴衣縫ふ

初恋を語る糸目の生身魂

女装家の一糸まとひて踊りけり

小気味よい糸切りはさみ夜の秋

針と糸公武合体いたします

水眼鏡外し少女の糸切歯

声糸井重里的な夏休

西日差す奥歯に糸を掛けにけり

赤い糸やがて鎖となる酷暑

葬列についと加わる糸蜻蛉

大鱧の口より糸の端が洩る

短冊が身を任せてる柔い糸

短夜の鏡は厚し糸やうじ

蜘蛛の糸光るや月に愛されて

蜘蛛の糸虹色にして夏旺ん

昼寝ざめ糸吹く夢の口をする

釣り糸の切れた反動夏終わる

二の糸の切れ変調の晩夏かな

撚り糸を戻す男女の短夜かな

納豆の糸不器用に夏料理

抜糸までの日数かぞふる涼しさよ

晩夏へとゆっくり抜けてゆく糸よ

瓢箪の棚キリキリと嫉妬

噴水に母はゐませり針と糸

母の歯に糸の切らるる夜の秋

峰雲や糸の目指せる針の穴

夕立が糸ならばやさしく頸を絞める

冷やし中華錦糸卵の婀娜たるや

杼のすべる糸のあはひや青簾


【電】

いっせいに電球切れる茄子畑

さるすべり海の見えない長電話

サングラス江ノ電けふも満員で

ででむしや家出のそおっと終電車

びりびりと雷様の尻尾かな

フランケンシュタイン首の電極抜く晩夏

ほろほろと電気クラゲを閉じ込める

みんみんの配電盤に来ては鳴く

襖から逐電中の草いきれ

夏の夜が電流爆破デスマッチ

回天や雲の峰より放電す

缶ビール0四つ点く電気釜

亀回る回って溜めるエレキテル

銀漢や船長室に鳴る電話

空蝉に電柱かよ良いな背中

空蟬は電話のをとを運びをり

原爆忌危篤の叔父より電波の来

言葉から電子飛び出す涼しさよ

江ノ電を止めて祭の通りけり

降灰の街行く電話夾竹桃

手に金魚  なんか電気の匂ひがする

終電の曳きて行きたる夏の月

充電の切れしシェーバー夏休み

上くちびると下くちびるに静電気

青蔦の体のどこに電源が

蝉時雨電線しとしと濡れており

帯電す向日葵びっしり枯れ尽くし

帯電のからだ気怠し扇風機

端居して電池残量急に減る

竹婦人電池仕掛けの細き声

逐電の妻から便り桐一葉

停電が百年ゲジゲジしかいない

停電で金魚の代り刺身買ふ

底紅や留守番電話の受話器持ち

電気つけて見るかぶとむしめんどくさい

電源オンオフオンオフオン夏惜しむ

電源を切るのを忘れ日雷

電飾が延命を乞ふ夜店かな

電飾の昼の点滅水を打つ

電線に去年の凧の胡瓜揉み

電線に雀やサンバカーニバル

電線のつなぐ家々大夕焼

電卓や忽微繊沙という位

電柱に生まれて蟬を鳴かせけり

電柱の傾いてゐる溽暑かな

電動珈琲ミル一閃す夏の雲

電話ごし同じ花火を見てをりぬ

電話すると言つた翌日蛇と化す

東電の試験に落ちて昇竜に

桃色の夏着電気の検針員

豆電車ビール畑を突っ走る

動きだす電車つられる夏帽子

虹消えて虹より遠き電池かな

入道雲東電本社包囲さる

白い夏野へ我が電飾の車椅子

白無垢脱ぎ冷房の席に電報

半夏生ツバメ一家で電線に

半夏生電子タバコを咥へけり

晩夏の書序章末尾に逐電と

風死して終電車にはキスマーク

風鈴や電気クラゲがぶらさがる

噴水の電源切るやただの水

放電によろけて絡みつく裸身

夜濯ぎの空のどこかに発電所

有楽町電気ビルヂング南館北館晩夏光

留守電に嗚咽の潜む羽蟻の夜

冷蔵庫奥で放電する電池

籐椅子や山麓をゆく終電車


【話】

「あ」と「う」から始まる会話夏深し

Gペンに童話の挿絵描き涼し

アニマルは奇術のような話術です

イグアナとエコの話で盛り上がる

かわほりの打ち明け話逆さかな

クワガタの話だんだんおおげさに

ここだけの話デンドロカカリアと

サルビアを咲かせてゐたる痴話喧嘩

しやくとりや別役実童話集

たわいない女の話アマリリス

なるならばもしもの話だけど枇杷

ぽつぽつと麦酒の泡の話でも

ものがたり蟻が人喰ふ道の端

一筋の滝を挿話となせる山

一枚の湖面になってゆく話

遠雷や老人たちが糸電話

夏場所や話してばかりの客のをり

海月浮く長い話の終るころ

寓話から出られない太ったカラス

形代や話弾みし一両車

紅涙を誘ふ話術や日の盛

黒麦酒とにかく話だけ聞こう

犀ほふる話はも百物語

山車洗ふ神話の御代と同じ川

志ん朝の人情話冷やし酒

詩の話恋の話や巴里祭

次々とスイカが割れてゆく話

次々と変る話題やソーダ水

蛇を見る腹話術師のやさしき目

若竹の腋臭を若造の話

守宮来て余分な話はぶかれる

手で話す二人に遠き花火かな

拾つた手紙の話或いはあの夏のすべて

暑いねは腹話術師の暑いねに

暑き夜や腹話術師のよどみなく

小話のあとの西瓜のなまぬるき

神話とは木炭の夜ひぐらしの夜

神話より三日後の空ところてん

星今宵雨にくぐもる腹話術

青ほほづき叔母の再婚話かな

雪女たとえ話に不適切

仙人掌の花や受話音量最大

扇風機土地改良の話せむ

地獄の釜の蓋あく話冷奴

蜘蛛垂るる腹話術師の目の虚ろ

昼寝覚聞くともなしに手話ニュース

電話ボックス砂とくの字に死ぬ蜂と

桃の皮雨は神話の中に降り

白桃の匂い誰にも話さない

夫の友とする香水の話かな

風鈴や話した人のゐなくなる

腹話術の人形嗤う日雷

聞かなければよかつた話冷奴

保険勧誘熱きAIロボナオミ

盆踊りスピーカーから秘話もれる

密漁の話や桐の実の鳴つて

夜話を反芻したる浴衣かな

留守番の金魚に話しかけてから

緑陰や風の童話を聞いてをり

話さうとすればちぎれてゐる胡瓜

話しつつブラはずしゐるトマトかな

話し声の主明らかに昼寝覚め

話せばわかるブーゲンビリア咲く

話だけ聞けば海月のことと思ふ

話には聞いている花火と違う

話にもならぬ話を真桑瓜

話術などつひぞ磨かず金魚売

蛞蝓に短き舌のある話


以上、計204句


夏休み納涼句会 選句要綱

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夏休み納涼句会
選句要綱


1 10句選

2 選句期限:2016年86日(土)正午(12:00)
  
   メールにて、天気(tenki.saibara@gmail.com)まで(投句先と同様)。

3 ワードetcワープロソフトの文書ではなく、テキストファイルあるいはメール書面への貼り付けでお願いします。

4 書式

✕✕✕選んだ句✕✕✕✕
○俳号
■✕✕✕選評✕✕✕✕(俳号)

✕✕✕選んだ句✕✕✕✕
○俳号
■✕✕✕選評✕✕✕✕(俳号)

このパターンで10句。

4-01 句は、投句一覧ページからコピペ。

4-02 句の順序は変えないでください。

4-03 ○は、マルと入力して変換された○を。

4-04 ( )等、全角文字で。

以上、ご不明の点は、天気(tenki.saibara@gmail.com)までお問い合わせください。



選句書式【例】

算数の少年しのび泣けり夏
○天気
■省略を利かせた導入部「算数の少年」のスピード感が「り」まで減速することなく、締めはすっきり「なつ」と2音。シビレました。(天気)

週刊俳句 第484号 2016年7月31日

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第484号
2016年7月31日


2015 角川俳句賞落選展 ≫見る
2014「石田波郷賞」落選展 ≫見る

……………………………………………
夏休み納涼句会

投句一覧 ≫見る

選句要綱 ≫見る
……………………………………………
あとがきの冒険 第2回
夢・遡行・覚醒
安福望食器と食パンとペン』のあとがき……柳本々々 ≫読む

〔ハイクふぃくしょん〕
ステージ ……中嶋憲武 ≫読む

〔句集を読む〕
蛸を釣るのは誰か?
関口恭代冬帽子』の一句
……西原天気 ≫読む

【週俳7月の俳句川柳その他を読む】
瀬戸正洋 雑感「かの夏を想へ」 ≫読む

連載 八田木枯の一句
帰省子に石鹼淡く減りゆきぬ……西村麒麟 ≫読む

〔今週号の表紙〕第484号
夕菅……有川澄宏 ≫読む

後記+執筆者プロフィール ……村田 篠 ≫読む



 
週刊俳句編『子規に学ぶ俳句365日』発売のお知らせ ≫見る





週刊俳句編『虚子に学ぶ俳句365日』発売のお知らせ ≫見る




 
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週俳アーカイヴ(0~199号)≫読む
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後記+プロフィール485

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後記 ● 西原天気

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no.485/2016-8-7 profile

進藤剛至  しんどう・たけし
1988年、兵庫県芦屋市生まれ。「ホトトギス」会員。日本伝統俳句協会会員。稲畑汀子、稲畑廣太郎に師事。甲南高等学校在校中、第7回俳句甲子園で優勝。史上最年少で第25回日本伝統俳句協会新人賞受賞。第10回鬼貫青春俳句大賞優秀賞受賞。

平山雄一 ひらやま・ゆういち
1953年生まれ。1987年より、吉田鴻司に師事。2003年、 第一句集『天の扉』を上梓。2006年より、超結社句会“わらがみ句会”代表。結社誌『鴻』で俳句エッセイ「ON THE STREET」を連載中。ロックやコミックスなどのポップカルチャーと、俳句の共通点を探求している。
公式Web OPEN http://www.yuichihirayama.jp
公式Facebookページ https://www.facebook.com/yuichihirayama.jp/

■今井 聖 いまい・せい1950年生まれ。加藤楸邨に師事。「街」主宰。句集に「谷間の家具」「バーベルに月乗せて」など。脚本家として映画「エイジアンブルー」など。長編エッセイ『ライク・ア・ローリングス トーン』(岩波書店)、 『部活で俳句』(岩波ジュニア新書)など。「街」HP

柳本々々  やぎもと・もともと
かばん、おかじょうき所属。東京在住。ブログ「あとがき全集。」 http://yagimotomotomoto.blog.fc2.com

■生駒大祐 いこま・だいすけ
1987年三重県生まれ。「天為」「トーキョーハイクライターズクラブ」所属。「東大俳句会」等で活動。blog:湿度100‰

■瀬戸正洋 せと・せいよう
1954年生まれ。れもん二十歳代俳句研究会に途中参加。春燈「第三次桃青会」結成に参加。月刊俳句同人誌「里」創刊に参加。2014年『俳句と雑文 B』を上梓。

■橋本 直 はしもと・すなお
1967年生。「豈」同人、「鬼」会員。BlogTedious Lecturehttp://haiku-souken.txt-nifty.com/01/

■太田うさぎ おおた・うさぎ

1963年東京生まれ。「豆の木」「雷魚」会員。「なんぢや」同人。現代俳句協会会員。共著に『俳コレ』(2011年、邑書林)。

■畠 働猫 はた・どうみょう
1975年生まれ。北海道札幌市在住。自由律俳句集団「鉄塊」を中心とした活動を経て、現在「自由律句のひろば」在籍。

西原天気 さいばら・てんき
1955年生まれ。句集に『人名句集チャーリーさん』(2005年・私家版)、『けむり』(2011年10月・西田書店)。ブログ「俳句的日常」 twitter

〔今週号の表紙〕第485号 休暇の島 橋本直

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〔今週号の表紙〕
第485号 休暇の島

橋本 直

ロビンソン・クルーソーが流れ着いた島みたいなところで、休暇をすごす。

島の周りはほとんど断崖で、少し砂浜があるところ。

海がひたすら美しい。

一軒宿の飲み水はちょっとしょっぱくて、生ぬるい。

オーナーは無口なドイツ人で、スパイ映画が似合いそうな風貌をしてる。

ぼくらは毎日海にいっていたけれど、

となりの部屋のカップルは、ゆっくりと朝ご飯を食べて、

毎日昼間に大きい声をだしてセックスしているらしい。

夜はいったい何をしているのだろう。静かだけど。

海はひたすら美しい。

この島のすぐ沖には旧日本軍の撃沈された船が何隻も沈んでいる。

そう言われなければ、とてもそうは見えないけれども。









週俳ではトップ写真を募集しています。詳細は≫こちら

【八田木枯の一句】風の中の銀河となりぬ誘惑へ 太田うさぎ

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【八田木枯の一句】
風の中の銀河となりぬ誘惑へ

太田うさぎ


風の中の銀河となりぬ誘惑へ  八田木枯

第一句集『汗馬楽鈔』(1988年)より。

黙読しながらつい中島みゆきの「地上の星」のメロディーが頭の中で鳴りもするのだが、風に瞬く星というのは詩的イメージを膨らませやすいモチーフなのだろう。

〈風の中の銀河〉。かっこいい。けれどちょっと恥ずかしい。更に〈誘惑〉である。まあ、どうしましょう、と思う。作者が真面目な分、面映ゆさは読者に受け渡されるので困ってしまうのだ。

夜空いっぱいにきらめくミルキーウェイから誘惑への展開はまるでギリシャ神話のような浪漫趣味だけれど、〈天の川〉ではなく、〈銀河〉の硬質な響きとそこを吹き渡る風が冷たい熱情を感じさせる。そして誘惑への強い意志も。心のなかに氷点下の星をあまた煌めかせて夜空を駆ける孤独な誘惑者……書きながら一人赤面する。

後年、〈しがらみと言へば戀なり冷し葛〉〈心中して祭の笛をさがしませう〉と言った遊び心を得意とした作者に、このような若書きのあったことを覚えていたい。


自由律俳句を読む 146 「荻原井泉水」を読む〔1〕 畠働猫

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自由律俳句を読む 146
荻原井泉水」を読む1

畠 働猫

荻原井泉水は、言わずと知れた自由律俳句の創始者である。
河東碧梧桐を中心とした新傾向俳句運動の目指したものは、「人間」の描写、暗示であろう。
井泉水はこの新傾向の開拓に努めながらも、これを「過渡時代をなすもの」と評価した。そして新傾向の句には「句の魂が缺けてゐる」と批判。句の魂とは「光」と「力」であると主張した。それらは「自然の光」「自然の力」であり、「人生の光」「人生の力」であると言う。

以下にその句の鑑賞を試みる。



▽句集『原泉』(昭和20)より【大正元年~昭和20年】

君を訪わんとおりし駅螢籠も賣る 荻原井泉水
青春の香りがする句である。
「君」は異性であろう。
この相手が男であれば、「螢籠」になど目を留めることはない。手土産にするなら酒か何か食べるものを選ぶであろうからだ。
「螢籠も」の「も」とは、「こんなものも売っているのか」という発見の驚きを表しているのだろう。
これは恋である。
恋とは、相手の価値観に触れ、その影響を受ける状態である。
それまで気にも留めていなかった「螢籠」に気づいたのは、まさにその相手の価値観の影響である。この句はまさに「恋」の本質を表現しているのだ。
私の現在も、これまでの恋が作り上げたものと言える。
恋こそは、人生における「光」であり「力」であると言えよう。



暮れしところに泊まろう稲架(はざ)も黄なる里 荻原井泉水
後の放哉、山頭火にも通ずる漂泊の心境が詠まれた句。
「稲架」とは、刈った稲を干す木組みのことである。色からして収穫を終えたばかりの景であろう。秋の喜びが里を満たしており、詠者をしておおらかな気持ちにさせたのだろう。
この句にも自然の「光」「力」を感じることができる。



小流に紫苑さく家並鐵を打つ 荻原井泉水
旅の途上であろうか。
見たことのない景であるのに郷愁を誘う。
「紫苑」は人の手によって植えられたものだろう。
川沿いに建つ家々にはみな紫苑が植えられており、遠く寺の鐘が聞こえる。
通り過ぎる道々にもこうして人の営為があり、生活がある。
私もかつて道東で働いていた時分は、札幌までの400キロを月に12度は往復していた。いくつかの町を通り過ぎ、いくつかの峠を越えてゆくのだが、その度に、どこに行っても人の営みがあり、生活があることについて、時々不思議な気持ちになった。人間の強さ、儚さを思った。



論議の中につつましく柿をむく君よ 荻原井泉水
これもまた恋の句と見たい。
女は議論に加わるべきではないという男尊女卑の句ではない。
議論はすべからく不毛なものである。
ましてや柿をむくだけで、視線は「君」に引き寄せられてしまっているのである。ここでの議論のつまらなさ、不毛さは推して知るべきである。
そんなものを軽々と超えてゆく聡明さと美しさこそが、この句における「力」であり「光」なのであろう。



一路かがやき遠くより走り來る子あり 荻原井泉水
雨上がりだろうか。日を受けて輝くまっすぐな道を駆け寄ってくる子供がいる。
「遠くより走り來る」様子には、疲れを知らぬ打算のない純真さが見て取れる。
「かがやき」はそうした純粋さ、童心の光をも表している。



水あれば田に青空が深く鋤かれある 荻原井泉水
これも人の営み、生活を詠んだ句である。
水田に映る空をただ美しいと詠むのではなく、そこに人の営為への感動を乗せている。



月を見て立ち居し子ポンと飛びたり 荻原井泉水
月の兎の真似をしたのだろうか。
それともあまりに月が大きく見えて手が届きそうだったのか。
子供の突飛な行動は、その意図がわからなくとも微笑ましいものである。
いや、意図など何もないのかもしれない。
自然と一体化した自己、自由とはそうした「意図のない行為」にあるのかもしれない。子供の持つそうした神性とも言うべきものも、「力」「光」であるのか。



月光しみじみとこうろぎ雌を抱くなり 荻原井泉水
性とはまさに「光」であり「力」であろう。
しみじみとコオロギの交尾を眺めている様子はユーモラスでもある。



此の子此の世の光を見ねば叫ぶことなし 荻原井泉水
「産児死す」と前書が添えられている。
産声をあげられなかった子への痛切な心情が詠まれている。
井泉水の求めた「光」と「力」がここには存在できなかった。無いことによってかえってその尊さが、得難さが、表現されている。
そしてその胸塞がる悲しみをこうして句にしてしまう修羅が、やはり井泉水の中にもある。



病む母の前に西瓜の種を吐きすてており 荻原井泉水
互いに許された気楽さが、軽妙に描かれている。
人生とは、生きるとはまさにこういうことであろう。
近しい者が死に瀕していても、いつも神妙ではいられない。
また、そうして心のバランスを図ろうとする力が私たちにはあるのだろう。
介護の果てに肉親を殺してしまうニュースが連日のように報道される。
私自身も母親の介護をしているため身につまされる。
現代を生きる私たちは、西瓜の種を吐き捨てるような軽妙さで心のバランスをとる力を失っているのかもしれない。



*     *     *



子規から自由になろうとした碧梧桐からもさらに自由になろうとしたのが井泉水である。自由律俳句の自由とは、既成の表現に対して常に革新を希求してゆく意志を意味していた。
それはカミュのいう「よりよくなるための機会」である。
とすれば、現代を生きる私たちが、仮にも「自由律俳句」と呼ぶものを詠むのであれば、むしろ井泉水の提唱に拘泥していてはならない。
そして山頭火や放哉の模倣から脱却しなくてはならない。彼らが未だに評価され、自由律俳句を代表する人物とされるのは、その後の表現者たちの怠慢ではないのか。

「自由」とは日々、一瞬ごとに更新されるものである。
天才にとってそれは殊更に意識するものではない。天才はすでにして自由であるからだ。
しかし未だその本来無一物の境地に至らぬ私のような凡人にとっては、先人の求めた自由を知り、相対化することも有益であろうかと思う。
よって次回もさらに、井泉水の句に触れてみたい。

井泉水が「今日は俳句の黎明時代である」と述べたのは大正2年である。
それからすでに103年が経過した。
井泉水の句は、その言葉は、現在を生きる私たちにも問うているのである。



次回は、「荻原井泉水」を読む〔2〕。

※文中の井泉水の語の引用は『昇る日を待つ間』(荻原井泉水)による。
 また、句の表記については『鑑賞現代俳句全集 第三巻 自由律俳句の世界(立風書房,1980)』によった。

【真説温泉あんま芸者】「〈それ誰〉俳句」の世界 西原天気

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【真説温泉あんま芸者】
「〈それ誰〉俳句」の世界

西原天気


某日、某結社の句会におじゃましたときのこと、始まりを待っていると、すぐ近くでご婦人が「あんな俳句、どこがいいのか、さっぱりわからない」という話。存じ上げない方たちの会話に耳をそばだてていたわけではないが、その「あんな俳句」が、その一カ月前に同じ結社の句会で私が投句した句だったから、耳に入ってきたのだ。

それは「吉田」で終わる句

(ちなみに、このときどんな気分だったかというと、居づらいとか不快とかいったことはぜんぜんなくて、おもしろい! 貴重な経験してる! といった感じ)

ミョウチキリンな句だから、くさされて不思議はない。問題は、そういう場に居合わせてしまった作者のとるべき行動だ。

どうしたらいいんだろう?

「いやあ、すみません。それ、私の句です。ヘンな句で申し訳ありません」と明るく晴れやかに宣言する手もあるが、相手が気まずくならないような明るさ・晴れやかさをセリフに込める自信がなかったので、黙って静観した。

きっとこれが正解。

で、なんの話をしているのかというと、「〈それ誰〉俳句」の話なのです。



有名人名の入った俳句は数多い(参照≫ウラハイ「人名さん」シリーズ)。扱っているもの(人)は誰誰と特定されている。ところが、誰なのかわからない、人名の句もある。

「吉田」句もそう。この「吉田」の前に、「いのうえ」の存在がある。

≫【真説温泉あんま芸者】 それを「いのうえ」と呼ぶことにする
http://weekly-haiku.blogspot.jp/2014/09/blog-post_21.html

「いのうえ」て、誰やねん? がこの句、《いのうえの気配なくなり猫の恋 岡村知昭》への正しい反応。

苗字だけ言い放って、誰だかわからない句は、一定頻度で登場します。

川柳では、

ササキサンを軽くあやしてから眠る  榊陽子

おかじょうき川柳社の第17回杉野十佐一賞大賞作品。川柳ではよく知られた句。

ササキさんて、誰やねん?


カミサマはヤマダジツコと名乗られた  江口ちかる

樋口由紀子さんの「金曜日の川柳」でも取り上げられた句。

フルネームですから、これまで掲げた「苗字だけ」とは異なりますが、「誰やねん?」という意味では、同じ。

この句を初めて見たときは、かなりの衝撃を受けました。

「ヤマダジツコ」が絶妙で曲者。ありそうでなさそうな、リアリティのぎりぎりの巧みな名前設定である。(樋口由起子)

じつに、そのとおりです。

川柳といえば、川柳作家のなかはられいこさんが、私のブログで巻いた歌仙で、こんな付句。

囀るやうな久保田の財布  なかはられいこ

久保田て、誰やねん?(この決め台詞、以下省略)


短歌だと、

センサーの反応しない園田さんドアの向こうでまた立ち尽くす  まぬがれてみちお

柳本々々さんのブログで見つけた歌です。

こんな短歌もあります。

百点を取りしマサルは答案の束もつ我にひたすら祈る  小早川忠義


川柳や短歌のほうが、俳句よりも、出現頻度が高いかもしれない。



「それ誰」要素は、読者を一定の印象へと誘導するのではなく(というのは、俳句において「桜」や「雨」や「柱」の語が一定のシニフィエを前提とするのと対照的という意味です)、人間〔*〕という以外、あるいは日本人という以外は、なんのヒントも与えてくれない点、読者の意識を軽く路頭に迷わせます。

「路頭に迷う」は、作者の狙った効果であり、俳句、すなわち短く、片言となりがちな俳句においてとりわけ、奇妙な味を醸すことがあります。

〈それ誰〉句は、読者が「それ誰?」と思った瞬間、それでもうじゅうぶんな成功を収めているともいえるでしょう。

なんと、安易。

〈それ誰〉俳句、バンザイ。



ところで、気づくと、俳句の例をあまり挙げていませんでした。

種痘痕吉井明子は転校生  岡野泰輔

フルネームで〈それ誰?〉な点、「ヤマダジツコ」型。実在の人なのかもしれませんが、さしあたり有名人ではない。作者の中に棲む種痘痕の少女なのでしょう。

さらに、拙作で恐縮ですが、

ペンギンと虹と山本勝之と  西原天気

山本勝之は実在の友人(物故)。けれども知らない人のほうが多いから、「誰それ」俳句の部類でしょう。



一方、「なんだかわからなく路頭に迷う」タイプとは違うものも、最近、見ました。

福田若之田中は意味しない」10句
http://weekly-haiku.blogspot.jp/2016/07/10_78.html

「田中」は、小岱シオン(こぬたしおん=connotation)が暗示したのとは違い、無意味に向かった人名。人である必要さえもないようで、この3文字は「わかめ」でも「オイラ」でも代用が効きそうです。



俳句業界・俳句世間では、固有名詞を嫌い、その使用を軽蔑する傾向があります。地名はそのかぎりではありませんが、なべて、そう。そして、人名はとりわけ。

そうした規範的な考え方に対して、なにか疑義や反論を言おうというのではありません。それはそれで、尊重されるべき考え方。

しかしながら、良いとされるもののみ良いとする気が、私にはありません。規範とは別のところで、〈それ誰〉俳句をこれからも愛していこうと思います。



〔*〕以前、句の中にある「ジョンの声」を、犬の声と解したところ、作者はジョン・レノンのつもりだったことがわかりました。人間かそうでないかも曖昧なケースがあります。




【週俳7月の俳句川柳その他を読む】「続」論 瀬戸正洋

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【週俳7月の俳句川柳その他を読む】
「続」論

瀬戸正洋


つまり俗論である。

そよぐを漢字で書くと戦ぐとなる。風に、あまがえるが、そよそよと音をたてているのだ。木の下には田中。田中とは「しらさぎ」のことなのだから、あまがえるが、そよそよと音をたてていることも理解できない訳ではない。これで、完結なのである。あとは蛇足だ。「やあ」と言っても田中は応えない。雷雨なのである。静かに虹が立つと田中は木を離れる。田中の一歩ずつの歩みにあめんぼうが騒ぐ。うるわしいみどりの景色のなか、意味もなく夏の水面を眺める。夕焼けのとき、ふいに田中と呼んだため「しらさぎ」は田中ではなくなる。つまり、田中とは「しらさぎ」のことだったのである。そのことを九句目で知る。それでも、田中の名を叫び続けてしまう。八月のはじめ、ちょうど、この季節なのだ。「しらさぎ」とは、福田若之自身のことであり、あるいは、彼の愛するひとたちであり、また、彼の嫌いなひとたちだったのである。ところで、田中をものにしたがっている小岱シオンとは、いつたい何者なのだろう。

 ●

みづうみに向く籐椅子の遺品めき  遠藤由樹子

籐椅子はみづうみを向いている。籐椅子に座ってみづうみを眺めていたのである。ところが、今は、誰も座ってはいない。どこかに出掛けているのかも知れない。たまたま、籐椅子がみづうみを向いていたので、籐椅子が遺品のように、籐椅子の主人が亡くなっているように感じたのである。

青柿も実梅もわれも雨の中  遠藤由樹子

青梅、あるいは、梅の実ではなく実梅としたことが肝要なのだろう。字数も揃った。柿の木があり、梅の木がある。傘を差している。六月の雨は、たっぷりと降り注ぐ。七月ではなく六月の雨でなくてはならないのだ。そういえば、新潮文庫に「青梅雨」永井龍男がある。借金苦のため一家心中をした老家族のものがたりである。傘を差さねば、びしょ濡れになるくらいの雨が降っている。

合歓の花ぽつんぽつんと夢滲む  遠藤由樹子

確かに夢が滲むと、合歓の花の、すがた、あるいは、色あい、そんな感じになるのだろう。ぽつんぽつんという措辞も上手いと思う。この滲んだ夢は、幸福なひとのものに違いはない。

目凝らせば梅雨の燕のかく高く  遠藤由樹子

どんよりと雲のかかった空と青空とでは、どちらがよく見えるのだろうか。目を凝らすことにより燕の高く飛ぶすがたに気付いたのである。最近、目を凝らして何かを見ることをしなくなった。目を凝らすと目から血が噴き出すような錯覚に陥る。何が善で、何が悪か、注意深く見極めることを諦めたのである。老人は気楽に、見えるものだけを見ていればいいなどと思っている。

眠る子にプールの匂ひかすかなり  遠藤由樹子

子供がプールで遊び疲れて眠っていることを知っているからこそ、かすかなプールの匂いに気付いたのである。知っているからこそ、わかり合うことのできる暮らし。それが、最も、安全で安心のできる生活。幸福な家族であると思う。

毛皮の空洞からもれる細い目  竹井紫乙

毛皮には空洞があると言っている。その空洞から無数の細い目がもれている。その細い目とは、殺された獣の目なのか。殺した猟師の目なのか。はたまた、作者自身の目なのか。

人でなし人面鳥に告げられる  竹井紫乙

人でなしと言われたのである。人面鳥に告げられたとのことであるが、本当のところ、私が私に言っているのである。新聞、テレビ、ラジオ、実際に起こる周辺の出来事。どれを取っても、誰もかもが「人でなし」であると感じる。

幾万の毛皮が雪崩れ込んで来る  竹井紫乙

毛皮の怨念なのである。獣の怨念、つまり、人類の怨念なのである。幾万の毛皮が雪崩れ込んでくるのだから、相当なものである。怨念というものは歴史的(すこし大げさかも知れないが)には動くものだから、何れ、私に向かって雪崩れ込むのだと思うと憂鬱になってしまう。

何食わぬ顔して混ざる晩御飯  竹井紫乙

すばらしい光景だと思う。まさしく、これは事件なのである。何食わぬ顔をして晩御飯の席に座るのである。そこに入ろうとするひとにも、見知らぬひとが入ってきても当たり前のように振る舞うひとたちにも、何とも言えぬ気高さがある。人類から争いを無くすためには、このような精神こそ必要なのである。真の人間の美しさがここにある。

鉄橋をすぎて緑雨になりにけり  村田 篠

御殿場線は、小田原市の国府津駅から沼津市の沼津駅までを繋ぐJR東海の鉄道路線である。単線であり無人駅も多く、スイカもパスモも使えない。乗車するドアは一か所に決められていて発券機から整理券を取り出し、下車する場合は改札口、あるいは、直接、車掌、運転手と車内かホームで精算する。この作品を読み、松田駅から駿河小山駅あたりの車窓の風景にそっくりだと思った。御殿場線は昭和初期までは東海道本線の一区間であったが、丹那トンネルの開通により支線となったのである。

麦秋の少し遅れてゐる時計  村田 篠

時計を購入したとき正確な時刻を合わせる。少し遅れている時計とは、時計そのものが正しく時を刻んでいないのである。遅れているにんげんもいる。進んでしまうにんげんもいる。遅れたり進んだり勝手気ままなにんげんもいる。麦秋とは、夏のはじめ、にんげんならば二十歳前後のころだと思う。

雨の日のスイッチ固き扇風機  村田 篠

スイッチが固いのは、雨の日に限ったことではない。扇風機のスイッチは、いつも固かったのである。だが、雨の日、そのことに気付いた。晴れた暑い日ではなく、それほど、涼風を欲していなかったため気楽にスイッチを押したのである。スイッチが固かろうがなかろうが扇風機は回る。気が逸れたとき、逸れた故に、気付くこともあるのである。

話し終へれば冷房の効いてをり  村田 篠

話すことに夢中で冷房のことなどすっかり忘れていた。話も済み、ふとわれに返ると、冷房の効き過ぎていたことに気付く。すこし気持ちも熱くなっていたので、効き過ぎていてちょうどよかったかなどと思う。

青桐と話してくるといふ子ども  村田 篠

都会に住む子どもだと思う。田舎に住む子どもには、「青桐と話してくる」という言い方はしない。植物やけものたちとの会話には飽き飽きしているのだ。子どもと話す青桐は都会の思いもかけないところで育っているのだと思う。子どもは「ちょつと、青桐と話してくるね」と言う。母親は「いってらっしゃい。気を付けてね」と答える。

木の椅子に節穴のあり灼けてをり  村田 篠

木の椅子が灼けている。節穴も木の椅子と同じように、同じくらいに灼けてなくてはおかしいと思ったのである。太陽のひかりは誰にも平等に降り注ぐというが、日陰とか節穴(空間)のことを考えると、「平等」とは、一癖も、二癖もあるとんでもない言葉のような気がしてくるのである。

サングラスして天国のやうな街  村田 篠

サングラスをしたことにより気分が変わったのである。なんの変哲もない、いつも暮らしている街が、どういう訳か、夢のような世界となったのである。ある人たちを色眼鏡で見ると言った場合、負の意味合いが強いが、いつも暮らしている街、つまり、日常を色眼鏡で見直すことは必要なことだと思う。

血のやうな大きな車夏の雨  上田信治

赤い色の大きな車に夏の雨が降っている。ただそれだけのことなのである。夏という言葉から灼熱の太陽をイメージしそれも赤色に繋がっていく。雨も液体、血も液体、作者はすこし自分には血の気が足りないと思っているのかも知れない。

夏烏団地は時報鳴りにけり  上田信治

老人ばかりが住む古ぼけた団地である。場違いな音をさせて時報が鳴る。そのとき、夏烏も鳴いたのである。夏烏の鳴き声も場違いなのである。場違いな時報、場違いな夏烏の鳴き声。その時、場違いな老人がステッキを持ち散歩に出掛ける。その瞬間、何もかもが自然なすがたとして目の前に現れる。

呼鈴の音落ちてゐる夏団地  上田信治

団地には呼鈴はどのくらいあるのだろう。その呼鈴は幾度鳴らされたのだろう。その呼鈴の音が夏の団地に落ちているのである。数千、数億では効かないだろう。階段にも、舗道にも、花壇にも、夏の団地には呼鈴の音で足の踏み場のないくらい。いや、呼鈴の音で、夏の団地は埋め尽くされているのである。

動物はなかなか元に戻らない  上田信治

にんげん関係に疲れているのだと思う。少しでも拗れるとなかなかもとには戻れないものだ。こちらが悪いとは思わないのだが「私が悪かった。先ほどのことは忘れて下さい」などと言うと「いいえ、一生忘れません」などという言葉が返ってくる。老人を労わる気持ちは必要だと切に願う。

困つてゐる蠅と時間の過ごし方  上田信治

五月蠅いということなのである。一匹の蠅が付きまとっている。その付きまとっている様子を蠅の立場から考えてみたのである。どこかへ行きたいのだろうが行くことができない。行くことができない理由を蠅が困っているからだとしたのだ。これから、蠅と楽しい時間を過ごすのである。

町空のたまに広くて百日紅  上田信治

百日紅を眺めていたら、仰ぎ見ていたら、その先の空の青いことに気付いた。青空を眺めていたら、空の広いことに気付いた。町の空も捨てたものではないと思う。暮らしに追われていると仰ぎ見ることなど、なかなかできないものだ。うつむいて歩くか、精々、真直ぐに先を見つめて歩くことぐらいだ。たまには、思う存分仰ぎ見ることも必要だと思う。百日紅には青空が似合う。



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村田 篠 青 桐 10句 ≫読む
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【週俳7月の俳句川柳その他を読む】答えしかない問い 生駒大祐

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【週俳7月の俳句川柳その他を読む】
答えしかない問い

生駒大祐


「特集 BARBER KURODA」は一つの優れた問いである。

だからこそ、僕はこの七つの「正解」をとても心地よい気持ちで読むことができた。

それと同時に、この問いは読者を含む全ての回答者に伏せられており、「何か(面白そうな)問いがそこにある」ということだけが判っている。

よって、この七つの回答はある意味においては全くの見当違いでしかない。

だからこそ、僕はこの七つの「不正解」をとても心地よい気持ちで読むことができた。

七人の回答者、そして出題者の勇気と貢献に感謝の気持ちを贈る。ありがとう。

 

鋏等の錆びる力を青蔦は  野口る理

コーちゃんが先に呼ばれて、散髪が済んでしまうと、さっさと先に帰ってしまったからだ。だから右側の半分は白いままになった。  中嶋憲武

手柄山展望喫茶回転が速まりついに消えてしまった  石原ユキオ

バーバーKの看板の奥には、うつくしい死体(の額)が埋まっている。  江口ちかる

軒錆びた看板晩夏旅先の  井口吾郎

黄泉の国に点々とスターバックスが並ぶ風景 いつかきた道  黒田バーバー(柳本々々)

マンホール叩いておりし神無月  曾根 毅



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俳句の自然 子規への遡行52 橋本直

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俳句の自然 子規への遡行52

橋本 直
初出『若竹』2015年5月号 (一部改変がある)

以前にも書いたが、子規の「俳句分類」は、自然科学における収集・分類とよく似た方法態度であり、子規なりに「文学」の材料として俳句を集め、分け、系統化することで、やがて俳句の世界を体系づけてゆくことになるような営為である。余命わずかの病身であることを自覚している子規自身が精根尽きるまでそれをやめようという選択肢を持たなかったのは、おそらく、そういう身でも継続可能な仕事であったことと同時に、「学」として己の死後の未来にも継続すべきものだと思っていたからではないだろうか。近代は科学全能といってもいい時代だったが、過酷な情況にあっても「俳句分類」をやめられなかったということにおいては、子規はその末端の忠実な(あるいは可憐な)遂行者の一人だったともいえるかもしれない。

「丙号分類」の検討を継続する。前回述べたとおり、子規は、一句中の同音の多用を「同音連起」と称して分類をおこなっていた。これは五七五の韻律とは必ずしも重ならないので押韻とは異なるが、子規はそのような句を集め、一句中の音の反復に生まれる効果を確認する材料にしようとしていたと思われる。

その後に続く分類が「中断」と「変音」である。「中断」は文字通り一句中において一語を中断するものである。例えば、

  ほとゝきはまだすこもりか声もなし  貞盛

は、「ほととぎす」と「すごもり」を分解し、一部を掛けて混合することで一句を成立させている。このとき「ほととぎす」は一旦「ほととぎ」と「す」の間を「はまだ」によって切断されるので、子規はこれを「中断」と読んだのである。このほかに、

  渡りくる秋や燕にかはりがね  昌意

これは「かはり」が「代わり」であり「かはりがね」で「かりがね(雁)」を含意する。すなわち秋に燕に代わって雁が渡ってくる、との句意であるが、「かりがね」が「は」によって「か」と「りがね」の間で「中断」されているのである。

このような「中断」句は十四句分類されている。上品に言えば和歌における掛詞のような詠みぶりで、凝った方法だが、要は落語家がTV番組の大喜利でやるような駄洒落の発想であり、言語遊戯的なものだといえよう。

次に「変音」について。「中断」が一語中に違うことばが混ざることで中断されるものであったのに対して、「変音」は一語中の音を無理矢理ねじ曲げる方法である。例えば、

  はづませてなくや拍子の程ときす  正章

これは「拍子の程」という措辞と「ほととぎす」を掛けるために意図的に誤表記し「ほどとぎす」という妙な表現を生み出しているのであり、これを子規は「変音」と称しているのである。子規は二十七句を「変音」で分類しており、その母音・子音の差異、一字意味が通じないことで下位分類している。この他には、

  夏といへばまづ心にやかけつばた   昌意
  ちる頃や花の姿もおうなへし     政公

などの句がある。前者は「き」を「け」に変音して「心にかける」と「かきつばた」を掛けており、後者は「み」を「う」に変音して「おうな(嫗)へ」と「おみなえし」を掛けているが、「おうな」の意味で読むと「し」の意味が不通になる。いずれにせよ、これも「中断」と同様に言語遊戯の側面が強いと言えよう。

次に、字足らず、破調、字余りの分類が続く。字足らずは「十五音句」「十六音句」で六句、「破調」は「十七音句(変調)」で十一句分類されているが、注目したいのは字余りの分類の多様さ、異様さで、「十八音句」から「廿五音句」まで大量の句が分類されている。特に十八音句は数が多く、三百十八句を集め、その下位分類が独特である。例えば、六七五の十八音、つまり上五の余りの句の六音の分類の場合、三音二文節であれば以下のように十五もの細分化がされているのである(各表現は子規のメモをわかりやすく改めているもの)。

①名詞なし・母音あり(十四句)
②名詞なし・母音なし(十二句)
③二音の名詞一個、母音あり(十一句)
④上の三音が二音の名詞+助詞(に/は)母音なし(十六句)
⑤上の三音が二音の名詞+助詞(と/な/の/は)(九句)
⑥下の三音中に二音の名詞(五句)
⑦上の三音が名詞+助詞(の)、下の三音が名詞+助詞
 (に)母音なし(四句)
⑧上の三音が名詞+助詞(の)、下の三音が名詞+助詞
 (に)母音あり(十二句)
⑨上の三音が名詞+助詞(の)、下の三音が名詞+助詞(に)
 以外(十三句)
⑩二音の名詞+助詞が二回続く形で、上の三音で助詞(の)
 以外を使用(八句)
⑪三音の名詞かつ母音あり(十四句)
⑫三音以上の名詞かつ母音なし(五句)
⑬名詞入、初句切れ除く、母音なし(十四句)
⑭二音名詞+一音助詞+三音名詞(十一句)
⑮三音名詞+三音名詞(一句)

恐らく、甲号などと同様に、句が増えれば分類を細分化していった結果こうなったのであろう。なお、ここで子規のいう「母音」は、表記上の「あいうえお」のことで、音読上母音化する字は含めていない。

「最初」を探す旅 小林良作『「八月や六日九日十五日」を追う』 平山雄一

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「最初」を探す旅
小林良作「八月や六日九日十五日」を追う 

平山雄一


「八月や六日九日十五日」という句をご存知だろうか。日本の現代史にとって重要な三つの日付、広島の原爆忌、長崎の原爆忌、そして終戦日の日にちで構成された一句だ。他にも「八月の六日九日十五日」、「八月は六日九日十五日」などの類句が存在していて、自作としての発表者が数多くいる不思議な一句だ。

この程、結社“鴻”の出版局から出た『「八月や六日九日十五日」を追う』は、この句の最初の発表者を探すという、ミステリー仕立ての一冊だ。

「八月や六日九日十五日」は、ただ日付を並べただけの一句だけに、誰でも作れてしまう。実際、この本の著者・小林良作氏は、所属する結社“鴻”の俳句大会に「八月の六日九日十五日」という句で応募したところ、審査員から「この句はすでに発表されているので受け付けることができない」と連絡が来たので応募を取り消したのだった。

調べてみると「八月は六日九日十五日」という句もあった。「や」「の」「は」という助詞の違いはあっても、ほとんど同じで、伝えたいことも完全に重なっている。小林氏は単純に「誰がいちばん先にこの句を作ったのだろう」という探究心に突き動かされて、“俳句探偵”と化し調査の旅に出るのだった。

ネットで調べ、新聞社に問い合わせ、次第に真実に近づいていく。大分県にこの句が刻まれた句碑があると聞き、足を運ぶ。特攻隊基地の跡地を整備した公園にずらりと並ぶ72基の句碑の先頭に、この句が刻まれているのを発見する。そしてこの本の結末では、最初にこの句を世に発表したと思われる人物を特定するに至る。その人物は三つの日付すべてに関わりを持つ方で、ドラマティックな展開は、まさに「事実は小説より奇なり」。こんなに真に迫って、しかも温かい結末が待っているとは……。

小林氏はこの俳句探偵レポートを、結社誌「鴻」に今年の1月から5月に連載という形で発表。大評判となって、「鴻」の記念事業として1冊にまとめることになった。実際、この連載は面白かった。僕も「鴻」誌にコラムを連載しているので、その縁もあってこの本の制作を手伝った。

一月号で大方の連載意図を説明した良作氏は、二月号で多くの作例や批評を当たってみる。その上で小川軽舟氏の「この句は作者が多いなと感心した」という言葉に触れて、その懐の深さに好感を持ったという。それは同時に良作氏の懐の深さをも表わしていて、失礼ながら氏は凄い書き手だと僕は新たな興味を掻き立てられた。

三月号では氏の行動力に目を見張った。手がかりのありそうな大分県に出向き、資料を片っ端から漁る。資料の読み込みが非常に正確であると同時に、取材対象者に敬意をもって接し、相手が胸襟を開き、良作氏の熱意に応えようとするところに感動した。ここまでくれば先行句の作者に最終的にたどり着くかどうかは最早問題ではない。そう思っていたら、広島県にいたと思われる“作者”にたどり着く。

白眉は四月号にあった。広島を訪ねた良作氏は、作者の遺族の方々の全面的協力を得る。だが良作氏は述べる。「もとより、本稿の目的は作者の人生を尋ねることではない。(中略)『八月や』の句には作者の人生のどのような一場面が投影されているのか」を考察したいと言うのである。この取材態度は、天晴れと言うしかない。一句を必要以上に作者の人生に重ねることはせず、あくまで作品として扱う。それは情に流されて本質を見失わないようにする“探偵”の本分だ。結果、良作氏は、作品の尊厳を守り通したのだった。

ズラリと並ぶ句碑のカラー写真には迫力があり、装丁も美しい。終戦日に間に合うように上梓したので、是非手に取って欲しい一冊だ。


問い合わせは、「鴻」発行所出版局 FAX 047-366-5110。
住所と部数を書いて申し込み。値段は送料込900円。


週刊俳句誌上 夏休み納涼句会 打ち上げ会場

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